阿部寛カリスマモデルからパチプロの過去、俳優業で数億の借金を返済

実力派俳優阿部寛、10代でカリスマモデルとして人気を博します。俳優に転進して順調にキャリアを重ねてきたように見えますが、その裏で壮絶な人生を歩んでいました。不動産投資に失敗して20歳そこそこで数億の借金を抱え、その後20年にわたって返済を続け、2007年やっと完済しました。仕事がない時期はパチンコで生活費を稼ぐ生活を3年も続けたそうです。

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カリスマモデルからパチプロに転落したジェットコースター人生

コミカルな演技からシリアスな役まで軽々と演じてみせる実力派俳優阿部寛、横浜市神奈川区出身、1964年6月22日生まれの52歳です。(2017年1月現在)

東証一部上場企業コマツに勤務する父、母、姉と兄の末っ子として誕生しています。

自身は189㎝の長身ですが家族はそれほどではなく、ハーフに間違われるくらい濃い顔立ちですが純粋な日本人です。

地元の横浜市立三ツ沢小学校、市立松本中学校を経て、神奈川県立白山高校に進みます。

父がエンジニアだった影響で兄も理系で、阿部も一浪して中央大学理工学部電気工学科に入りました。

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1983年大学2年の時姉にそそのかされて賞品のクルマ欲しさで応募した集英社第3回ノンノボーイフレンド大賞で図らずも優勝してしまいます。

すぐにモデルデビューを果たし、長身とイケメンぶりから人気が爆発、雑誌『ノンノ』『メンズノンノ』のカリスマモデルとして活躍することになりました。

メンズノンノでは創刊号から43号まで表紙を飾ってギネス記録にもなっています。

10代で普通では考えられないギャラを稼ぐトップモデルとなってしまった阿部は、その資金を不動産投資につぎ込みます。

当時バブル絶頂期で、株や土地を買えばすぐに高騰し、それを担保に銀行が融資してくれさらに株や土地を買い漁ることがブームになっていました。

阿部もそれに乗って投資を拡大していった矢先に、バブルが崩壊してしまいます。

結果阿部は20歳そこそこにして数億の借金を抱えることになってしまいました。

モデルとして売れていれば借金返済も不可能ではありませんでしたが、年齢が高くなるにつれてモデルとしての需要がだんだん減っていきます。

危機感を感じた阿部は俳優業に活路を求めました。

1987年映画ハイカラさんが通るで主役の南野陽子の相手役として俳優デビューします。

演技経験はなかったものの必死で仕事に取組みますが、長身と濃すぎるビジュアルのため、画面上でのバランスが取れないことが問題になり始めます。

主役で起用されても相手役の女優とアンバランスになるし、脇役では主役よりも目立ってしまうので、使いにくい俳優のレッテルを貼られてしまい、デビューから3年ほどで仕事が来なくなってしまいました。

時折入る俳優仕事でのギャラは借金返済に消えてしまうため、有り余った時間で生活費を稼ぐために阿部が選んだ仕事はパチプロでした。

月平均15万ほど稼げたので3年間ぐらいはパチプロ生活を続けました。

そんな阿部に久々に舞い込んだ仕事はあのカリスマモデルは今どうしてる?という企画、完全に過去の人扱いの番組でした。

これにはさすがの阿部もショックを受けて、現状からの脱却をしようと一念発起します。

本業の俳優業で行き抜くための知恵を絞り始め、長身を目立たなくするための方法を考えました。

主役であっても遠近法を利用して共演者よりカメラから遠い位置に立つ、あるいは立たずに座るなどあらゆる方法を試してみたのです。

その甲斐があって自身の存在感を半分くらいまでに減らせるようになったと語っています。

そしてもう一つはどんな仕事も断らないということ。

それまでのイケメンのイメージを捨てて、バイセクシャルの役や本来はやりたくない濡れ場仕事でも割り切って取り組み、なんでもできる役者であることをアピールするチャンスだと割り切ったのです。

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そんな努力が功を奏して、阿部はコメディからシリアスな役までなんでもこなす器用な役者だという評価が浸透していきます。

しだいに仕事が増えていき、借金の返済も順調になっていったのです。

そんな阿部にビッグチャンスが巡ってきます。

鬼才堤幸彦監督演出のテレビドラマTRICK(トリック)に若手人気女優仲間由紀恵の相手役として起用されたのです。

TORICKでは、貧乳に悩む新米手品師の仲間と巨根に悩まされる大学教授の阿部というぶっ飛んだキャラ設定と奇想天外なストーリーが受けて番組は大ヒットし、堤幸彦監督とともに仲間・阿部の代表作になりました。

このシリーズは大ヒットし、シーズン3まで制作され、その後もテレビドラマスペシャルが3本、劇場版(映画)4本と2014年まで続くロングシリーズになっています。

HERO(2001年、木村拓哉主演)出演でさらに知名度を上げ、2003年以降は主演または主演級のオファーが多くなっていきました。

基本的に声をかけてくれた仕事はスケジュールが許す限り断らない方針なので、数多くの作品に出演しています。

その中で結婚できない男(2006年フジテレビ)、新参者(2010年TBS)、下町ロケット(2015年TBS)、映画ではチームバチスタの栄光(2008年)、ジェネラルルージュの凱旋(2009年)、歩いても歩いても(2008年)、テルマエロマエ(2012年2014年)などのヒット作・話題作が生まれています。

20代から(借金をかえすためやむなく)ずっと仕事一筋、スキャンダルとは無縁だったので、タレントイメージはすこぶる良く、CMのオファーもたくさん受けました。

第一生命(2007年~)、日本コカ・コーラいろはす(2009年~)、伊藤ハムアルトバイエルン(2010年~)、三菱東京UFJ銀行カードローンなど長期にわたって続いているものが多いことがイメージの良さを物語っています。

仕事に励んだ結果2007年には約20年かかって借金を完済しました。

このことは映画の舞台あいさつで自らカミングアウトしています。

私生活では女性との噂は全く聞こえず、一時はゲイではないかとの話もありました。

借金の返済の目途がたった2007年11月20日、2006年に知り合った15歳下の一般人の女性(当時阿部43歳、お相手は28歳)と結婚することを発表し世間を驚かせます。

結婚の理由については「僕にとって可愛い人で、価値観が合って、歳の差を感じない」と語っています。

翌2008年2月に入籍、2011年に長女、2012年には次女を授かり2児の父となりました。

40代になるまで結婚しなかったのにはこんな事情があったのです。

俳優として尊敬しているのは故大滝秀治さんだと語り、彼と同じように生涯現役として俳優人生を全うすることを目標にしています。

スポーツ紙のインタビューに答えて

30代や40代よりも欲張りたい。仕事だけじゃなく、本を読んだり名監督の映画を見返したり、新たにいろいろなものを持って60歳を迎えられたらいい

あっという間に60歳になる。それまでにあと何本、どういう仕事をしようかと戦略を考えることが今は趣味

いつも、とんでもない課題が向こうから来る。“何でこんなのを俺に”っていう面白い仕事を待っている

と語った阿部がどんなカッコいい60代を迎えるか楽しみは尽きません。


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