消えた女優小西真奈美に極貧の過去 福山の結婚で復活を図るも迷走続く

女優小西真奈美が消えたといわれてから約6年たちました。6年間交際した福山雅治との結婚が秒読み段階だったはずが女性誌のスクープ記事がきっかけであっけなく破局、その後女優業も不振が続きました。2015年9月に福山が女優吹石一恵と入籍を発表したころから小西のメディアへ露出が増えています。2017年には久々の主演映画の公開も控えています。

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貧乏だった子供時代、当時の夢は自宅でお誕生会を開くことだった

女優小西真奈美、鹿児島県川内市(旧薩摩川内市)出身、1978年10月27日生まれの38歳です。(2017年2月現在)

両親と姉との4人家族でした。

幼少期に両親が離婚、父が養育費を払わなかったので、シングルマザーとなった母親は二人の娘を育てるために、昼は事務員夜はお菓子屋さんの店員として働きました。

家賃1万円ほどの市営住宅に住んでいて、幼いころの写真は1枚もありません。

自伝的エッセイ”手紙”の中で、

幼いころ自分の手が嫌いだった

もともと肌が弱いうえに、

小さい頃から家事の手伝いをしたりしていたせいか

いつも私の手は荒れていた いつかの14歳

やりたいことが何もない

楽しいことなんか一つもない

毎日ヒマだし長生きしていてもしょうがない

十年後の自分なんて何も知らないくせに‥‥‥

と綴っています。

当時の夢は自宅にお友達を呼んでお誕生日会を開くことだったといいます。

地元の川内市立川内中央中学校から、鹿児島県立川内商工高校に進みました。

中学校のころから美人として有名だったようです。

高校時代はテニス部と柔道部のマネージャーをしていました。

一方で家計を助けるために寿司屋や美容院でアルバイトをしています。

▼中学校と高校の卒アル

ほとんど現在と変わらない美貌です。

高校を卒業してすぐに雑誌のモデルオーディションを受けてモデルとしての活動を開始します。

事務所(エリートジャパン)期待の新人とし、エリートモデルルック日本代表という華々しいデビューを飾りました。

身長168㎝、B80 W59 H88というスレンダーな体型と小顔で美しいビジュアルからは貧しかった過去は想像できません。

2007年には第1回小顔クイーンランキングで1位となっています。

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雑誌の専属モデルとして活躍しますが、その後すぐ(1997年)に人気劇作家で演出家つかこうへいが主宰する”つかこうへい劇団”に入り演技を学ぶことになります。

かつて同じ系列の事務所の先輩である牧瀬里穂がつかこうへいに師事、1992年につかこうへいの舞台”飛龍伝”に主演して大ブレークしたことがあり、期待の新人小西真奈美にも同じ道を歩ませたいという事務所の戦略でした。

1998年『寝取られ宗介’98』(つかこうへい作演出)で女優としてのデビューを果たしました。

1999年にはつかこうへいの代表作蒲田行進曲のヒロインにも抜擢されています。

2001年NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』に出演してヒロイン古波蔵恵里(国仲涼子)の恋敵となるクールな女医を演じ一躍全国にその名を知られることになりました。

この年にはフジテレビの『ココリコミラクルタイプ』にも出演しコメディエンヌとしても才能を発揮し、演技の幅を広げています。

小西のひたむきな演技とたおやかなビジュアルは男女問わず人気を博し、2002年公開の映画”阿弥陀堂だより”の演技は専門家にも絶賛されて第48回『キネマ旬報賞』新人女優賞、第45回ブルーリボン賞新人賞、第26回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞するなど、この年の新人賞を総なめにしました。

その後もテレビドラマや映画、舞台と休む間もなく出演し、人気女優への道をひた走りました。

2009年度
第31回ヨコハマ映画祭 主演女優賞(『のんちゃんのり弁』)
第64回毎日映画コンクール 女優主演賞(『のんちゃんのり弁』)
第24回高崎映画祭 最優秀主演女優賞(『のんちゃんのり弁』)

2011年度
第3回TAMA映画賞 最優秀女優賞(『東京公園』『行きずりの街』)

など数々の演技賞を受賞しています。

本人は嫌いだったと言っていた自身のいわゆる”萌え系の声”も人気が高く、ナレーションの仕事のオファーも来るようになりました。

2007年(27歳)の6月には”生涯で一度きり”と決めていた写真集”27”を出版しています。

2001年から2007年の6年間にわたって撮影した30,000カットに及ぶ写真から厳選した渾身の作品となりました。

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外見ははかなげに見える和風美人ですが内には強烈な自我を持ち、仕事にもこだわりがある個性派女優です。

CMの撮影でも衣装選びから自身の意見をはっきり主張して作品作りに積極的に参加しています。

外見にだまされて組みしやすい女優として扱った監督たちは一様にそのギャップに驚かされています。

そのこだわりが強過ぎて一部からは扱いにくい女優とかメンドクサイ女優認定されてもいる様です。

順調過ぎるほど順調だった女優業に2010年ころから変化が訪れます。

出演作品がめっきり減ってしまったのです。

これについては未だに謎の部分がありますが、当時交際していた人気俳優福山雅治との破局が影響しているという説が有力とされています。

福山と小西が知り合ったのは2004年ころ。

共演の機会がなかった二人を引き合わせたのは、福山を兄貴と慕う俳優加藤晴彦

一時福山と加藤は同じマンションに住んでいました。

加藤が”ココリコミラクルタイプ”で共演した小西を福山との飲みの席に連れてきたことがきっかけのようです。

福山が長崎、小西が鹿児島と故郷がともに九州だったこともあって話が合い、二人は急接近します。

交際は順調に進み、2008年には福山が渋谷に高級マンションを購入、小西が広尾に引っ越してお互いの自宅を行き来していました。

福山の自宅マンションの近くで小西の姿が何度も目撃されています。

福山が主演したNHKの大河ドラマ”龍馬伝”の飲みの席に小西が参加することもあり、自身の恋愛には秘密主義を貫いてきた福山もいよいよ年貢の納め時かと関係者の間ではささやかれていました。

40歳で結婚したいと言っていた福山は当時41歳、小西は32歳でした

ところが2010年10月女性自身が2人の熱愛を報じる記事を掲載したことで事態は急変します。

記事では二人の結婚はすでに決まっていて、式の日取りも決定済み、一部招待状も発送していて、九州の大先輩の俳優武田鉄矢にスピーチの依頼までしていると報じたのです。

あまりに詳細にわたる内容に福山サイドが激怒して、事務所を通じて記事の内容を否定、女性自身に猛抗議をするという騒動に発展します。

記事の内容から二人に極めて近い筋から情報が漏れたことは明らかです。

福山サイドは小西の関係者がことを焦って故意に情報をリークしたと疑ったようです。

結局福山・小西双方の事務所が交際を否定し、結婚秒読みと言われていた6年にわたる二人の交際はあっけなく破局を迎えてしまいました。

このころから小西の仕事は激減していきます。

傷心の小西が自ら仕事を拒否していたという説と、大手芸能事務所である福山の所属事務所が圧力をかけたという説が入り乱れますが真相は謎のままです。

2012年~13年にかけては年に数本の仕事しかしていず、女優小西真奈美は消えてしまったとまで言われていました。

2015年9月福山雅治が女優吹石一恵との入籍を発表します。

この時期を境に小西の仕事が少しづつ増えていき、メディアへの露出も多くなっていきました。

福山が結婚したことで小西の中で何かが吹っ切れたのかもしれません。

2016年5月には8年ぶりにシングルCDトランキライザー ~single ver.~(同じ事務所エレメンツ所属のKREVAのラップ曲のカバー)をリリースして世間を驚かせました。

アラフォー女優のラップデビューに世間は困惑しましたが、ネットユーザーからの評判は上々で「歌声がめっちゃキレイ」「最高に癒される」「買ったら思いのほか良かった」などと称賛の声が相次いでいます。

KREVAによる音楽劇『最高はひとつじゃない2016 SAKURA』にも出演し、この曲はオープニング曲に使われました。

いまだ本格復帰には遠い状況ですが、迷走を続けていた女優小西真奈美は再び前を向いて歩き始めました

2017年には主演映画トマトのしずくの公開も控えていて、もう一度かつての輝きを取り戻すことができるのかに注目が集まります。


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