中村麻里子卒業発表4月からサンテレビの女子アナに!母に家を買うのが夢

AKB48の9期生でチームAの副キャプテン中村麻里子が2017年3月いっぱいでグループを卒業し、4月からは兵庫県の独立UHF局サンテレビ(本社神戸市)で契約アナウンサーとして採用され、1年間活動することがわかりました。この春明治学院大学社会学部を卒業するにあたってそのトーク力を活かし、アナウンサーを目指して就職活動に励んだ結果が実ったものです。AKB48グループからアナウンサーへの転身は村上文香(元NMB48)柴田阿弥(元SKE48)市来玲奈(元乃木坂46来春予定)に続き4人目となります。

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5歳で両親が離婚、祖母と母と麻里子の3人で肩を寄せ合って生きてきました

AKB48チームA副キャプテンの中村麻里子、千葉県出身、1993年12月16日生まれの23歳です。(2017年3月現在)

麻里子が5歳の時に両親が離婚、祖母の洋子さんと母佳子さん、一人っ子の麻里子の3人で肩を寄せ合って生きてきました。

▼父と母と麻里子

そのころからテレビの前で歌ったり躍ったりすることが多くなり、みんなの注目を集めたがることが多くなりました。どこかでパパが見ていてくれてるって気持ちがという想いが心の奥底にあったのかもしれません。

と母は語っています。

元々テレビ大好きっこでしたが、将来は自分もテレビに出る人になりたいと思っていました。

小学校6年の時ドラマ女王の教室に出演していた同い年の子役志田未来の演技を見て女優に憧れるようになります。

中学校時代はメガネをかけたジュニアアイドルとして活動しています。

AKB48を目指したのは女優になる為の一つの手段でした。

2008年AKB48第6期生オーディションに応募しますが不合格に。

2009年9月第9期生オーディションに再び応募し合格します。

同期には総監督横山由依、女優島崎遥香大場美奈(現SKE48)などがいます。

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後輩メンバーの面倒見も良く、研究生時代から常にチーム全体のことを考えるおかあさん的存在でした。

同期の大場美奈は

麻里子を嫌いな人は一人もいません。仁藤萌乃さんも言ってましたけど、欠点が無い。パフォーマンスも出来るし、性格も優しい。相談したいときには、みんなまず麻里子の所に行くんです。でも、一番悩んでいるのは麻里子。聞いてもなかなか言ってくれないんですけど、たまに電車の中で泣いたりします

とその人柄について語っています。

AKBに入る前は歌もダンスも習ったことがありませんでしたが、歌唱力も高く、ダンスの振り付けを覚えるのも早く、期待される研究生でした。

何事も一生懸命でダンスも常に力いっぱい踊っていましたが、初めてチームAのアンダーとして劇場公演に出演した際当時キャプテンだった高橋みなみから

振りを大きくしてくれるのは嬉しいけど、今日はチームA(のダンス)に合わせてほしい”

と優しく注意されたと語っています。

2010年12月のAKB48の5周年記念公演において正規メンバーへの昇格が決まります。

この時麻里子は日出高校の修学旅行でハワイに滞在中で、昇格を知ったのは帰国後のことでした。

人間観察が大好きでそれを活かしたモノマネが得意です。

持ちネタは、デパートの迷子のアナウンスや化粧品を勧める女子店員、東京ディズニーランドのキャストといった小ネタから、水沢アリー・芹那・滝川クリステル・松任谷由実まで幅広いレパートリーを持っています。

滑舌が良くトークスキルも高いことから、2013年11月4日より、nottv「AKB48のあんた、誰?」のメインMCに抜擢され、同年11月10日のた第1回AKB48グループ ドラフト会議の進行アシスタントもつとめています。

場を仕切るのは得意ですがエピソードトークやリアクションはそれほど得意ではなく、バラエティ番組にゲスト出演しても爪痕を残すことができず、かといって大家志津香のような天然キャラ(おバカキャラ)にもなれず悩む日々が続きます。

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女優を目指していた麻里子にとってはチャンスだったはずのドラママジすか学園私立バカレア高校などでの演技もそれほど高い評価を得ることができません。

ビジュアルも中の上、どんなことでも器用にこなしますがどれも中の上程度で、これが自分の個性だと人に威張れることが見つかりません。

ただ胸以外のスタイルは自慢で、その美脚はメンバーからも絶賛されています。

▼中村麻里子の美脚

ただ水着グラビアは嫌いでほとんど画像はありません。

珍しい中村麻里子の水着画像はこちら

6回挑戦したAKB48選抜総選挙でもずっと圏外でしたが、くさらず自分の目標に向かって頑張っていました。

2012年第3回じゃんけん大会で第8位になって29thシングル永遠プレッシャー(センターは同期の島崎遥香)で唯一の選抜入りを果たしています。

麻里子の頑張りは運営サイドや秋元康総合プロデューサーからは高く評価されていて、今後はMC力を活かす方向で育てようと考えているようでした。

好奇心や知識欲が旺盛で、大学進学は絶対にしたいと思っていましたが、現役で挑戦した大学入試には全部失敗してしまいました。

それでもあきらめることなく勉強を続け、翌2013年4月に明治学院大学社会学部への入学を果たしました。

大学入学を機に都内のマンション(1K)での一人暮らしを始めています。

▼一人暮らしの麻里子の部屋の様子

家賃も含めて全部自分の収入で賄っています。

非選抜でソロのしごとがほとんどない麻里子のようなメンバーにとって一人暮らしは決して楽なことではありません。

通学や仕事の移動も電車やバスを使う普通のOLと同じ生活を送っています。

多くのメンバーがそんな状況に心折れてAKB48グループを去って行ったのを見送ってきましたが麻里子自身はどんなに辛くても芸能界を辞めることは考えていません。

AKB48卒業後を見据えて芸能界での生き残りを図るために一つでも多くの武器を手に入れたいと思ったことが大学進学の一つの理由でした。

女手二つ(本人の言葉のまま)で育ててくれた母(と祖母)に大きなマンションを買ってあげると約束しています。

▼左:母佳子さん 右:祖母洋子さん

祖母は麻里子が芸能界で苦労を続けるより、結婚して普通の幸せをつかんでほしいと思っているようです。

2017年3月大学卒業を目前に、極秘でアナウンサーを目指して就職活動に励んでいました。

3月15日就職活動で10局を受け、全敗を覚悟した土壇場で兵庫県の独立局サンテレビの契約アナウンサー(1年契約)として採用されることがわかりました。

エントリーシートではAKB48時代の経験として

ステージの隅にたち続けた7年間第一声でお客さんの心をつかみます

という2点をアピールしたと言います。

入社後の目標はニュースの原稿を読むこととしています。

サンテレビの沼田伸彦社長は採用担当者からAKB48の現役メンバーからの応募があったことを聞き大変驚いたが、”アナウンサーの経験はないが、喋りの方はしっかりしている”という報告を受けたと語っています。

中村は入社にサンテレビ入社にあたり

地元の方に愛される存在になりたい。ガラッと職種が変わると思ってます。情報を正確に伝えないといけないし、より一層、身近な存在にならないといけないと思っています

と語っています。

ほとんどのメンバーには知らせていませんでしたが同期の島崎遥香と横山由依には相談していたようです。

AKB48グループからアナウンサーへの転身は村上文香(元NMB48・NHK大津放送局の契約アナウンサー)柴田阿弥(元SKE48・フリーアナウンサー)市来玲奈(元乃木坂46・2017年4月からNTV)に次いで4人目です。

まったく土地勘がない関西圏へ移住することなるので地元になじむまで苦労が続くでしょう。

それも持ち前の根性と明るいキャラクターで乗り越えて、地元の視聴者に愛されるアナウンサーになれると信じています。

率直に言って予算やスタッフの人数が少なく、しかも自社制作番組が極めて少ない独立UHF局での仕事は決して注目度が高いとは言えません。

アナウンサーであってもディレクターや撮影スタッフの役割もやらなくてはならない場面がたくさんあるはずです。

逆にそれをチャンスにして多くのことを学んでいけば、将来なんでもできるキャスターになれる可能性だってあります。

中村麻里子のAKB48のメンバーとしての活動は3月末日で終了することが発表されています。

麻里子生来の明るいキャラと頑張りで苦労を乗り越えて、近い将来にはフリーのキャスターとして全国区に帰ってくることを願うばかりです。

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