島田春香”豆腐プロレス”大爆死でAKB48と芸能界からの引退を電撃発表

AKB48チームBの副キャプテン島田晴香が4月18日のSHOWROOM生配信でAKB48からの卒業と芸能界からの引退を発表しました。8年に及ぶAKB48生活で選抜メンバーになったのはたった1度だけ、総選挙も毎回圏外という苦しい環境の中で、人気以上のインパクトを残してきた貴重なメンバーでした。現在放送中の豆腐プロレスに芸能界生き残りを賭けていましたが、この番組が大爆死したことで張り詰めていたものが切れてしまったことが今回の決断のきっかけになったようです。

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ジャニオタだったAKB以前と報われなかったAKB時代

AKB48チームKの副キャプテン島田晴香、静岡県熱海市出身、1992年12月16日生まれの24歳です。

地元熱海市で老舗旅館立花(たちばな)を営む両親と兄の4人家族です。

家庭は裕福で、愛情いっぱいに育てられました。

地元の熱海市立第一小学校を卒業して日本大学三島中学校・高等学校に進みました。

小さい頃からスポーツが大好きで、小学校1年生から中学3年までの9年間バスケットボール部に所属しています。

高校2年からはテニスのレッスンを受けるようになり、静岡県大会の団体部門で3位になったこともあります。

体育会系女子である一方、島田はジャニーズの有岡大貴の強烈なファン(いわゆるヤラカシ)としてジャニーズファンに知られる存在でもありました。

有岡はるか”名義でメルマガ『有岡BINGO』を配信、有岡を堀越高校で待ち伏せし、嫌がる有岡にストーカーのようにつきまとったり、電車で隣に座って勝手に写真を撮ったりと、絵に描いたようなヤラカシ行為をしては、悪びれることなくメルマガでレポートしていたといいます。

後に島田が芸能界を目指したのは有岡大貴に近づくためだと言い切るジャニーズファンもいたようです。

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島田は高校2年の時(2009年)にAKB48第6回研究生(9期生)オーディションに応募して合格し同年11月に劇場公演デビューしました。

同期合格者には横山由依、大場美奈、島崎遥香、竹内美宥、永尾まりや、中村麻里子、森杏奈、山内鈴蘭がいます。

2010年12月正規メンバー(チーム4)に昇格しました。

学業をおろそかにしないことがAKB48に入るための条件だったので、そのまま日本大学三島高校に在籍して、秋葉原の劇場には新幹線で通う生活を続けます。

2011年4月(内部進学で)日本大学商学部に入学したのを機に上京して一人暮らしを始めました。

その後AKB48での活動が忙しくなったこともあり、大学は中退していると言われています。

チーム4のキャプテンだった同期の大場美奈が男性スキャンダルで謹慎したため、その間島田がキャプテン代行を務めることになりました。

元々体育会系で責任感が強い島田はチーム結成当初からチーム4のまとめ役でした。

キャプテンには島田がなるものと思っていたたかみなや篠田は、大場がキャプテンになって落ち込み泣いていた島田を励ましてくれました。

そんないきさつがあってのキャプテン代行指名に戸惑いながらも、大場が復帰するまで必死で頑張りました。

2012年5月発売のAKB48の26thシングル真夏のSounds good!で初めて選抜メンバーに抜擢されます。

ただこのころすでに太り始めていて、センターの前田敦子から夏曲である真夏のSounds good!では水着になる機会が多いんだからもっとやせろと叱られています。

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27thシングル以降は1度も選抜メンバーに選ばれていません。

その後も懸命にレッスンに励み、劇場公演では常に全力でパフォーマンスしましたが人気は低迷し、選抜総選挙では2010年からずっと圏外に沈んでいます。

アイドルとしての方向性を見つけられない島田はしだいに迷走を始めます。

元々食べることが大好きで中でもラーメンと白米が大好物、ストレスのせいもあってついつい食べ過ぎてしまい太りつづけます。

2013年12月放送のダウンタウンDXではデビュー以来9㎏太ったとカミングアウトしました。

この時期には女子プロレス団体から本気のオファーも受けていて、女子プロレスラーへの転身も一時は考えていました。

2014年3月19日のNTVナカイの窓に出演し話題の真相の真相のコーナーで島田の体重詐称がテーマになり番組中で体重計に乗ることになりました。

本人は50㎏ぐらいと申告していましたが、実際には57.5㎏あり、中居は俺の体重と一緒だと大爆笑しています。

島田本人は自分の体重が中居の番組で話題になり、しかも大爆笑をとれたことをオイシイと感じていて凹むことはありませんでした。

しかし握手会での人気は下がる一方で、やはりアイドルは太っていてはいけないと考え直してダイエットに励みます。

高蛋白質ダイエットに挑み、2015年8月には大幅な減量に成功しました。

ダイエットに成功して話題になり、ファンやメンバーからは綺麗になったとか可愛くなったとか言われましたが特にファンが増えることもなかったのです。

島田はこのころからAKB48からの卒業を考えるようになります。

これまでアイドルとしての自分には他のメンバーと比べて武器といえるものがないと感じていた島田は、なんとかマルチタレントとして芸能界で生き残ろうと考えていました。

しかしバラエティ番組に出演するチャンスをもらっても指原のように爪痕を残すこともできず悶々としていたのです。

2016年に島田にとって最後のビッグチャンスが訪れました。

AKB48グループによる連続ドラマの第3弾のテーマが女子プロレスになることがわかったのです。

マジすか学園(ヤンキー)、キャバすか学園(キャバ嬢)に続き、2017年1月から始まるAKB48の連続ドラマのタイトルは豆腐プロレス、主演は宮脇咲良松井珠理奈でした。

このドラマで、島田は松井らと死闘を繰り広げる工事現場同盟の一人ユンボ島田として松村香織とともにヒール(悪役)役に抜擢されたのです。

この大抜擢には理由がありました。

2014年5月に島田は横山由依、川栄李奈とともにフジテレビめちゃイケ爆笑!めちゃ日本女子プロレスに参戦していたのです。

このドラマのメインキャストは全員がバリバリの選抜メンバーで人気メンバーです。

その中に万年圏外の島田が主要キャストの一人として抜擢されるのは異例中の異例です。

島田は自分にとってこれが最後のビッグチャンスだと思い定め気合を入れました。

ダイエットで減らした体重を戻し、ガチのヒールメイクを施し役作りに取組みました。

2017年1月豆腐プロレスの放送が始まります。

アイドルとプロレスというミスマッチが面白がられ、放送開始当初はメディアに取り上げられましたが、ドラマの内容が薄く、次第にメディアの関心も離れていきました。

最近ではほとんどメディアに取りあげられることがなくなっています。

この企画は秋元康総合プロデューサーがかなり前から温めていたものの、出演者であるAKBメンバーの賛同が得られれず長らく実現しなかったものです。

2016年になって主要メンバーが出演をOKしたのでようやく放送開始に漕ぎつけられました。

満を持して始まった企画でしたが結果は大爆死、視聴率も出ないという悲惨な結果に終わっています。

この番組は島田にとってはAKB48と芸能界での生き残りを賭けた最後のチャンスでした。

豆腐プロレスが大失敗に終わったことで、島田の心の中の張り詰めていたものがぷつんと切れてしまいます。

豆腐プロレス放送開始から3か月余りたった4月18日、動画配信サイトSHOWROOMで島田はAKB48からの卒業と同時に芸能界を引退することを発表しました。

卒業の時期は9月ごろとしています。

たった一人の寂しい卒業発表かと思われましたが、生配信中に同期の横山由依総監督と仲良しの後輩小嶋真子が駆けつけて島田は号泣してしまいます。

突然の卒業発表について

8年やって、やりきった。
AKB48に入るのが芸能界に入るきっかけだったので、辞める時は芸能界も辞めたいなと思い、こういう決断に至りました。
選抜に入りたかったなとかいろいろあるけど、かわいい衣装とか着てキラキラさせてもらえて、コンサートも端でも楽しかったし、メンバーと楽しくコンサートできてAKBっていうグループは楽しかったと思っています。
(横山と小嶋の)2人が来てくれて、安心しました9月までの5ヶ月間、皆さんと悔いのないように、たくさんの思い出を作って、私らしく行けたらなと思っています

と語っています。

最後は将来は実家の旅館の女将になっているかもしれないと言って笑っていました。

一度もブレークすることなく、迷走を続けてしまった島田晴香。

島田にとってAKB48で過した時間は楽しかったことより、辛く苦しいことのほうが多かったかもしれません。

それでもAKB48での経験はかけがえの無いもので、そこで築いた仲間との絆はこれかからの人生においても続いて行くでしょう。

島田晴香のこれからの人生に幸多かれと祈らずにはいられません。


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