満島ひかり、長い下積みを支えた父とミッツ。夫は石井裕也監督

ドラマ”WOMAN”での体当たりの演技が評判の女優満島ひかり、若手女優の中で実力派としての呼び声も高いようです。子役として芸能活動を始め、同時にアイドルグループでデビューして間もなく解散、グラビアやバラエティなど長い下積みを経験して女優となりました。彼女を支えた父親との絆、ミッツマングローブとの友情や結婚について調べてみました。

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満島ひかりと父親との絆、下積みを支えたミッツマングローブとの友情

女優満島ひかり、本名石井ひかり、沖縄県出身。

1985年生まれの27歳、夫は映画監督の石井裕也、弟は俳優の満島真之介です。

両親ともに体育教師、4人兄弟(弟2人、妹1人)のなかでひかりだけが運動神経が鈍く、父親から文科系人間と言われて育ちます。

たくさんの本を与えられたので、本が好きになりました。

父親は日本人とフランス系アメリカ人のハーフなので、ひかりはクォーターということになります。

沖縄アクターズスクール主催の「安室奈美恵 with SUPER MONKEY’Sオーディション」で優勝して、1年間のレッスンを経て、7人組のアイドルユニット「Folder」として1995年にデビューしました。

同じ年に、映画『モスラ2 海底の大決戦』で子役としてデビューしています。

「Folder」は、デビューシングル「パラシューター」が、10万枚以上のヒットを記録しましたが、その後は全く鳴かず飛ばずでした。

200年に5人組の「Folder5」として再デビューすると、3rdシングル「Believe」がアニメ「ONE PIECE」のオープニングテーマに起用され大ヒットします。

その時のメンバーの一人で現在ビビる大木夫人のAKINAとは一番気が合ったようです。

しかしその後は再び低迷してしまいました。

2003年まではグループとして活動しますが、結局自然消滅してしまいました。

その後はタレントやグラビアアイドルとして活動しますが、パッとせず長い下積み時代が続きます。

その頃、沖縄の実家が経済的に苦しくなり、さらに教育者である父親が飲酒運転で交通事故を起こして教師を辞めてしまいました。

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税金を滞納するほど窮乏して、実家が差し押さえになり、とうとう手放すことになってしまいます。

まだ十分な収入のないひかりにはどうすることもできず、とても苦しんだようです。

それでもひかりの活動をずっと支えてくれた父親のことは大好きで、尊敬もしていて、今でも父の教えを守っていると言います。

もう一人下積み時代を一緒に過ごし、ひかりを支えてくれたのは、当時無名の女装家ミッツマングローブです。

新宿2丁目で、二人でよく朝まで飲み明かしたようです。

ミッツのことを今でも親友だと思っています。

2005年から女優1本に絞って勝負をかけようと決心します。

女優で失敗したら後がないと考えて、与えられた役に全身全霊を賭けて取り組みました。

ひかりが注目されるきっかけとなった作品、映画「愛のむきだし」の監督園子温は、当時全くの無名ながら「もはや狂気とも呼べる領域に達した満島の芝居にすべてが圧倒された」と語っています。

いろいろな意味で追い詰められていたひかりの捨て身の演技が認められたのでした。

その後数々の作品からオファーをもらい、その迫真の演技は高く評価され多くの映画賞にも輝きました。

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テレビドラマにも出演の機会が増えて、NHKの朝ドラ”おひさま”の筒井育子役で全国に名を知られるようになりました。

NTVの社会派ドラマ”WOMAN”での体当たりの演技も大好評で、いまや不幸な役を演じさせたら右に出るものはいないと言われるほどです。

そんなひかりの演技の裏には、下積み時代の辛さや、家族の不幸が隠れていたのです。

現在では弟の満島真之介も俳優として活躍していて、家族みんなと仲良く過ごしています。

2010年には、主演を務めた『川の底からこんにちは』の監督石井裕也と結婚しました。

ともに忙しい生活の中で、すれ違いも多くまだ子供には恵まれていません。

映画監督と実力派女優として、素晴らしい作品を生み出すことを期待したいものです。

追記:2016年1月、満島と石井監督の離婚が報じられました。詳しくはこちらの記事で

満島ひかり 石井裕也監督と離婚していた 新恋人は永山絢斗

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