福原愛、父の急逝でわかった家族との確執と家計を支え続けた人生

「泣き虫愛ちゃん」の愛称で多くの人に愛され続けてているプロ卓球選手、福原愛。父の武彦さんが、2013年10月6日にすい臓がんで逝去していたことがわかりました(享年71歳)。この訃報に対し福原はコメントを発表、その内容からここ5年間は絶縁状態であったことが判明しています。福原の微笑みの陰の家族の闇や、熱愛について調べてみました。

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”愛ちゃんスマイル”の陰で、家族の生活を背負ってしまった苦悩の日々

天才卓球少女、「泣き虫愛ちゃん」の愛称で知られる福原愛、宮城県仙台市出身、1988年生まれの24歳です。

3歳の時、兄の卓球の練習につきっきりだった母親を振り向かせるために卓球を始めました。

母の練習は愛に対しても厳しく行われ、生来の負けず嫌いだった愛ちゃんは、良く泣きましたが、決して卓球を辞めたいとは言いませんでした。

4歳でテレビに初登場、「天才卓球少女」「泣き虫愛ちゃん」と呼ばれるようになりました。

1992年5歳で卓球の全日本選手権バンビの部(小2以下)で優勝し、数々の大会の最年少記録を塗り変えていきます。

母は愛の言うとおり、まさに鬼コーチで、この当時から毎日4~5時間の練習をさせていました。

父親は不動産ブローカーで、会社を興しては潰すことを繰り返していました。

あるリゾート開発を巡って、贈収賄事件にかかわり、逮捕された過去があるという情報もあります。

1990年に福原産業という不動産関係の会社を立ち上げますが、すでに自己破産していた父の代わりに、母千代が代表となっています。

しかし事業は不振から脱出することができません。

1997年、愛が10歳の時にミキハウスと専属契約を結び、仙台から大阪に移りました。

この時の契約金も、両親の会社の借金の清算に使われたといわれています。

福原産業は2002年に、1億以上の負債を抱えて倒産、この時母も破産宣告しているとされています。

債権者はこの時の父親の対応の不誠実さを、テレビのインタビューで語っています。

▼福原愛の父、故武彦さん

この年愛13歳、中高一貫校の青森山田中学へ進学します。

ミキハウスJSCに所属したままプロ活動をしたいという福原サイドの意向と、青森山田が福原の知名度を利用したいという思惑が一致したためだと言われています。

さらに福原の個人事務所「千秀企画」を立ち上げ、イベントへの出演や取材の窓口となりました。

この時期ぐらいから父武彦が、愛の練習方針や、コーチ選び、マスコミ対応などの主導権を握っていきます。

そんな周囲の雑音にも負けず、福原は選手として実績を積み上げていきました。

2003年(14歳)世界選手権ベスト8。

2004年アテネオリンピック出場、4回戦進出。

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2005年世界最高峰の中国スーパーリ―グに参加、女子ワールドカップで銅メダルを獲得。

2006年世界卓球選手権ブレーメン大会の団体戦で銅メダルなど活躍の場を広げています。

アテネ5輪以降も、福原の人気は衰え知らずで、テレビ中継する試合は軒並み高視聴率を取る、キラーコンテンツとなっています。

2007年にはANA(全日空)と専属契約を結んでおり、この時の契約金も数億に上ると言われています。

2008年には北京オリンピックに出場しますが、4回戦で敗退してしまいました。

このころ両親の関係は修復不可能なほど悪化してしまい、ついに離婚に至っています。

福原のマネジメントは、東京の会社を退職した、10歳年上の兄秀行が担当することになりました。

父は離婚直後に”2度目?の自己破産”をしていたにもかかわらず、しばらく同居を続けていたため、自分の負債が家族に及ばないようにするための偽装離婚ではないかとの憶測も流れました。

ただその後、愛と父武彦とはここ5年間絶縁状態だったことが、今回の報道で明らかになっています。

それでも愛の活躍は、続きます。

2011年世界選手権混合ダブルスで銅メダル。

2012年日本選手権・皇后杯で23歳にして初優勝。

さらにロンドンオリンピックでは女子団体で、日本卓球史上初の銀メダルに輝きました。

この年の12月には世界ランキング6位となって、キャリアのピークを迎えています。

2013年の日本選手権・皇后杯では2連覇を達成しています。

2014年の日本選手権・皇后杯では、準決勝で高校生の森さくらに、まさかのストレート負け。

ブログで、今までで一番悔しいと心情を吐露しています。

その悔しさがある限り、まだまだいけるでしょう。

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愛ちゃんの最初の熱愛は、2008年11月プロテニス選手錦織圭とのデートがフライデーされたことです

全く周囲を気にせず、親しげに振る舞う愛ちゃんの姿は、ファンの反感を買うどころか、微笑ましく見る方が多いという不思議な現象を起こしています。

子供のころから見続けているファンにとって、愛ちゃんは親戚の子や家族のように見えているのかも知れません。

しかしこの交際は双方の関係者の反対に合い、4ヶ月で破局しました。

今回、絶縁状態だった父の死を、遠い中国で知った愛ちゃんは、気丈に受け止めてコメントを発表しています。

2008年の終わり頃を最後に一度も会っていない状態だったようです。

「電話やメールでのやりとりも、一度もないような仲でしたが、父がいなければ、わたしは生まれてくることもなかったですし、今の成長したわたしがあるのも、多くの方々が応援してくださる環境があることも、父の影響によるものが少なくありませんでした。」

「そういったことについては、父に感謝しております」

と気丈にコメントをだしました。

長きにわたって、一家を支え続けている福原愛。

愛ちゃんスマイルは、そんな中でも輝きを失わず、わたしたちに勇気と元気を与えてくれます。

この先愛ちゃんが、家族の幸せでなく、自分の幸せをつかむことを祈っています。

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