古田新太の破天荒伝説。ダンスはキレキレ、平成最後の無頼派俳優

朝ドラあまちゃんの太巻社長役でブレークした古田新太(あらた)。人気劇団『劇団☆新感線』の看板俳優として、長らく活躍していました。役所広司と共演したCMでのキレのあるダンスで注目されています。酒好き、女好きを広言していて、数々の逸話を残しています。そんな古田のルーツや、破天荒伝説について調べてみました。

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個性派俳優古田新太の遅咲きのブレークと数々の伝説とは

俳優古田新太、本名古田岳史(たけふみ)、芸名の新太は亡くなった父から、兵庫県神戸市西区出身のコテコテの関西人です。

1965年生まれの48歳で、元タレントの妻西端弥生と18歳の娘の3人で暮らしています。

現在浪人中の娘との関係は、本人いわく『良好』でしたが、最近テレビで、腐女子とか歴女であるとかを暴露したことで『微妙』なものになっています。

古田が自宅に帰った時に、聞こえるか聞こえないかの声の大きさで『うわ、帰ってきた!』と言われて、ショックを受けています。

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無類の女性好きを広言しており、若いころには、共演者には片っぱしから、声をかけていました。

▼最近も女性との路上キスを、フライデーされています。

妻の弥生(旧姓西端)は、元タレントでしたが、プロポーズした際には、他の女性関係を清算して、出直してこいと、一度は断わっています。

▼古田の妻弥生さん

一応、表面上は女性関係を整理して、プロポーズし直して結婚しました。

無類の女好きとしても知られており、関西時代には、女性関係のもつれから、交際していた女性に刺されるという不祥事を起こしています。

このことが原因で一時は、『劇団☆新感線』を離れています。

子供のころから目立つことが好きで、ジャイアント馬場やロックバンドKISSになりたいと思っていました。

小学校5年生の時、文化観賞会で見たミュージカルに衝撃を受けてミュージカル俳優になりたいと思うようになったと、いろんなところで語っていますが、実際は半分以上寝ていたのが真相です。

演劇を始めたのは兵庫県立伊川谷高等学校高校に入ってからで、演劇部に所属して木下順二の戯曲「夕鶴」の与ひょうや別役実の作品に取り組んでいます。

このころからクラシックバレエのレッスンも受けなじめ、同時にロックバンドを組んで、ライブハウスにも出演するなど多彩な活動をしています。

高校卒業後、本格的に舞台俳優を目指して、大阪芸術大学舞台芸術学科ミュージカル専攻に入学します。

人前(観客の前)でパフォーマンスをしたかったので、テレビや映画には興味はありませんでした。

ジャズダンスや、タップダンスのいレッスンにも取り組み、演技の幅を広げました。

当時クラシックバレエを踊れる男性は、極めて少なく、世界的バレエダンサー”ヌレエフ”が来日した際に、バックで踊ったことがあり、このエピソードを脚本家で女優の渡辺えりがしばしば語っています。

大学は、授業料の未納で、4年生の時に除籍になってしまいました。

学生時代は、「太陽族」という劇団に所属していましたが、大学の先輩である渡辺いっけいに誘われて『劇団☆新感線』に参加します。

当初は一度限りの客演の予定でしたが、ずるずると出演を続け、いつの間にか所属俳優になっていました。

当時は、渡辺いっけい、筧利夫の2枚看板を擁して、関西を代表する人気学生劇団でしたが、2人が同時に退団してしまい苦境に陥ります。

劇団経営は赤字続きで、古田も道頓堀のラーメン屋でアルバイトをしながら、活動を続けました。

劇団からギャラをもらったのは35歳になってからだと語っています。

その後、関西学生演劇ブームが到来したことで、テレビから声がかかるようになり、劇団経営と生活のためにテレビ出演をするようになりました。

深夜のコント番組『現代用語の基礎体力』(1989年)『ムイミダス』(1990年)『未確認飛行・ぶっとい』(1991年)などが話題となり、若者を中心に、次第に名前を知られるようになります。

ビートたけしのオールナイトニッポンの後を担当し、好きなハードロックをかけまくり、トークは強烈な下ネタに終始して、話題になりました。

当時の担当ディレクターはほぼ毎週、始末書を書かされたと語っています。

番組のキャッチフレーズは「世界で一番偏差値が低いラジオ番組」でした。

ラジオDJの他、声優や、雑誌のコラムを連載するなど、多彩な才能を発揮するようになっていきます。

舞台俳優としても、実力が次第に認められ、全国的な人気劇団『夢の遊眠社』(野田秀樹)や『第三舞台』(鴻上尚史)にも客演を果たしています。

宮藤官九郎脚本のテレビドラマ『木更津キャッツアイ』での怪演が注目され、名前をお茶の間にも知られるようになりました。

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役所広司と共演した大和ハウスのCMシリーズで見せたキレキレのダンスの意外性が、評判を呼びました。

2013年宮藤官九郎脚本のNHKの朝ドラ『あまちゃん』の強烈キャラ太巻社長での演技で、図らずも大ブレークしてしまいます。

今までのファンにはいなかった、中年の主婦から声をかけられたり、サインを求められたりして、改めて高視聴率番組の凄さに気付かされたと語っています。

唯一、西友に気軽に買い物に行き辛くなったのが残念だそうです。

2014年1月から、ゴールデンタイムでの初主演番組ドラマ「隠蔽捜査」が始まりました。

それでも毎日酒を飲むというライフスタイルには、なんら変わりはなく、毎晩自宅近くの三軒茶屋と下北沢のなじみの店をローテーションしながら、飲み歩いています。

若手からの信頼が厚く、人気俳優の小栗旬、松本潤(嵐)、森山未来などに慕われています。

彼らのことは、まじめでとても頼もしいと思っていますが、いつも芝居の話ばかりなので、ホントは早く下ネタを話したいのが本音だとも語っています。

携帯電話を持たないというポリシーを貫いており、酒を飲んだために現場に遅れることがないよう、人より早く現場に入るようにしています。

朝まで飲んだ時は、起きられないので、出演する劇場の前で寝て、誰かに起こしてもらうということをしたこともあります。

アメリカの漫画、「トムとジェリー」や、「ベティブ―プ」が好きで、今はベティブ―プのバッグを愛用しています。

女性問題で、離婚危機などが週刊誌をにぎわせますが、古田自身は家族が大好きで、そんなつもりは全くありません。

平成最後の無頼派、個性派俳優古田新太が、今後どんな演技を私たちに見せてくれるか、興味は尽きません。

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