高橋良明のバイク事故死は医療ミス?ファンは毎年追悼イベント開催

あなたは人気アイドルだった高橋良明を覚えていますか?数少ない非ジャニーズ系アイドルとして、1980年代半ばから活躍しましたが、16歳でバイク事故を起こし、若くして亡くなってしまいました。その後病院側の対応に不審な点が出て、医療ミスではないかとの噂も浮上しました。現在でもファンが多く追悼イベントなども開催されています。

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高橋良明に医療ミスの疑惑が浮上しています

アイドル歌手で俳優だった高橋良明、1972年東京生まれで、神奈川県横浜市に育ちました。

1984年に、児童劇団東京宝映に入って、子役としてデビューしました。

1985年に出演した田村正和主演の”うちの子にかぎって2”で人気を博し、瞬く間にトップアイドルになっていきます。

その後たくさんのテレビドラマに出演して、人気を不動のものにしました。

1987年TBSのドラマ『オヨビでない奴!』で初主演を果たし、植木等、所ジョージとも共演しています。

同じ年に、歌手デビューをして、デビューシングルを含む3曲が、連続してオリコントップ10に入る人気ぶりでした。

人気絶頂だった1989年1月5日の深夜、大型バイクを自ら運転して、レンタルビデオを借りに行く途中、車道を横断してきた中学生と接触事故を起こしてしまいます。

高橋は、これを避けようとして、路上に駐車していた車に激突するという大事故を起こしてしまいました。

事故現場は川崎市麻生区虹ケ丘付近でしたが、意識不明の高橋は、なぜか東京都稲城市内の【高橋脳神経外科病院】に救急搬送されました。

それでも翌6日には、意識が回復し、全治3カ月と発表されます。

ところが2週間余り後の22日に様態が急変、再び意識不明になり、翌23日に16歳の若さで急死しまったのです。

不審死として、聖マリアンナ医科大学において司法解剖が行われ、死因は頭部打撲による小脳くも膜下出血及び中脳出血と診断されました。

葬儀には女子中高生ら5,000人が参列し、後に行われた追悼ライブには15,000人のファンが押しかけました。

葬儀には、デビューしたばかりの工藤静香も参列して、人目もはばからず、泣いていたのを覚えている人も多いようです。

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あまりにも急であった高橋の死には、最初から不審な点がありました。

高橋病院での治療に疑問を持った高橋の親族が医療ミス(医療事故)を疑い、通常遺体の上に病院の浴衣を掛けることを拒否したことも伝えられています。

医療ミスについての、決定的な証拠は見つからず、訴訟にはなっていません。

それでも医療ミスがあったのではという噂は、たちまち広まってしまいました。

患者が激減した高橋病院が、高橋の遺族を名誉棄損で訴えますが、病院側の敗訴で終わっています。

その後病院は経営難に陥り、廃業となってしまいました。

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医療ミスについて遺族がなぜ訴訟を起こさなかったのかについてはいくつかの噂があります。

一つは高橋脳神経外科病院が、高橋の親族の経営であったからというものです。

事故の時になぜ現場に近い大病院でなく、個人の病院に搬送されたのか?

事故の時、高橋が所持していた免許は自動二輪中型限定運転免許(当時)で、大型2輪は運転出来ないものです。

しかし事故の時に高橋が運転していたのは大型2輪であり、それは父親が買い与えたものだという情報があるのです。

もう一つの噂はそのバイクはドラマ『およびでない奴!』の共演者の石川博之が貸したものだというものです。

どちらが事実としても、高橋の犯罪を誘発し、加担していることに変わりはありません。

無免許で事故を起こし、歩行者に重傷を負わせたとなれば、タレントには致命的なスキャンダルになります。

事実、被害者の中学生は、骨折して全治2カ月の重傷を負ってしまい、加害者だった高橋は被疑者死亡で不起訴処分になっています。

わざわざ高橋病院に搬送したのは、事故が表沙汰になるのを恐れて、事故を内々に納めようとしたからだという噂があるのです。

先日、テレビ番組”爆報フライデー”に高橋の母親涼子さんと妹の律子さんが出演し24年前の事故について語っていました。

関係者の多くが亡くなってしまい、事件が風化してしまうのを恐れたのかも知れません。

高橋の事故は家族にも共演者にも暗い影を落とし、関係者の多くが辛い体験をしています。

高橋のバイク事故死から1年後に『およびでない奴!』で 共演した石川博之も川崎市高津区の国道246号線でトラックと衝突し亡くなりました。

高橋の実弟で、シンガーソングライターである高橋知秀も2008年に、交通事故により重傷を負ってしまいました。

一命は取り留めたものの、それ以降は音楽活動から退いたままとなり、復帰の目処は立っていません。

真相は今でも闇の中ですが、高橋のファンは今でも高橋を偲んで、毎年追悼イベントを続けています。

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コメント / トラックバック 1 件

:友人|

こんにちは、はじめまして。
幾つか事実と異なった部分がありましたのでコメントさせて頂きました。まず高橋は事故当時、自動二輪の免許を持っていませんでした。原動機付き自転車の資格のみです。そして事故を起こした車両は250ccの中型バイク(CBR250RR)です。無免許運転という点は合っています。さらにそのバイクは高橋自信が自分のギャラで購入したもので、母親からは危険だから手放しなさいと言われていたようです。もちろん石川博之が貸したものではありません。地元の同級生からは高橋のバイクの運転技術が低すぎると散々なウワサになっていましたし、正直な話、高橋が誰かにバイクを貸してもらえるような信用はありませんでした。

と、私が知る限りの真実はこのようなものです。

ちなみに入院中に見舞いにいった友人から聞いた話ですが、彼の意識は回復しましたが事故の影響で精神的な部分に後遺症がありました。入院中は母親のことも認識できず叫ぶ暴れる状態だったとのことです。

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