田中将大はヤンキースで何勝できるのか?年俸23億の怪物ルーキー

7年160億円という破格の契約でニューヨークヤンキース入りした田中将大。あっさりダルビッシュの年俸を抜いてしまいました。日本とは違う環境の中で、一体何勝することができるのかファンも注目しています。元カントリー娘で、おバカキャラで売っていた妻里田まいは、マー君を献身的に支え、今では”あげまん妻”だと噂されています。

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メジャーリーガー田中将大の誕生と妻里田まいとの馴れ初め

アメリカ大リーグヤンキースの投手田中将大、兵庫県伊丹市出身、1984年生まれの24歳です。

伊丹市立昆陽里小学校1年の時に軟式少年野球チーム「昆陽里タイガース」で野球を始め、4番・捕手として坂本勇人(現巨人)とバッテリーを組んでいました。

伊丹市立松崎中学校ニ入って、ボーイズリーグの「宝塚ボーイズ」で硬式野球を始めます。

この時強肩を見込まれて投手に転向しました。

3年生で関西南選抜チームに選ばれるほどの実力をつけましたが、 人一倍練習熱心なことでも有名で、その練習好きは、チームメイトからも怖れらていました。

「宝塚ボーイズ」の奥村監督の紹介で駒澤大学附属苫小牧高等学校に進学します。

2年生の夏の全国高等学校野球選手権大会ではエースとして140km/h前後の速球と高速スライダー、フォークボールを武器に大活躍して優勝しています。

3年春のセンバツ高校野球には、部員の不祥事により不参加に。

最後の夏の甲子園では、ハンカチ王子と呼ばれた斎藤祐樹投手を有する早稲田実業との決勝戦で、3回途中からリリーフ登板して、お互いに15回まで1失点に抑え、37年振りの決勝引き分け再試合となっています。

再試合となった2度目の決勝でも1回途中からリリーフして、斎藤と投げ合いましたが惜しくも敗れてしまいました。

マー君という愛称は、日米親善高校野球に参加した際に、選手間の距離を縮める目的で、名字で呼ぶことを禁止し、互いに下の名前で呼ぶことにしたことが起源です。

斎藤祐樹は”祐ちゃん”、田中は”マー君”と呼び会う関係になりました。

ライバルとして常に比較され続けてきた斎藤と田中ですが、現在では力量の差が歴然としてしまい、プロの厳しさを感じさせます。

田中には野球をしている弟がいて、岩手県の青森中央高校から青森大学に進み投手として活躍しています。

田中は、2006年のドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズ、オリックス・バファローズ、横浜ベイスターズ、東北楽天ゴールデンイーグルスの4球団から1位指名を受け、抽選で交渉権を得た東北楽天ゴールデンイーグルスに入団しました。

新興の弱小球団であった東北楽天ゴールデンイーグルスでも、腐ることなく懸命に練習に励む姿が先輩選手にも認められて、田中が登板する試合では、他の選手が何とかしてやろうとする気迫が出て、打線の援護を受けることも度々ありました。

当時の野村克也監督は、このことについて「マー君、神の子、不思議な子」「不思議の国のマー君」「今日は悪魔の子かと思ったけど、やっぱり神の子」などと独特の言い回しで表現しています。

田中の長所は、課題を定めるとそれにむかってまっすぐに取り組む姿勢です。

入団の年には、どうしてもできなかったクイックモーションを、2年目のキャンプで凄い集中力と練習で、完全にマスターしたことについて、チームメイトだった山崎武司は、

「自分のテーマが見つかったとき、どうしてもやり遂げようとする意識、集中力は並外れている。それが田中の最大の武器かもしれないね」と語っています。

入団7年目にして、3年12億プラス出来高という高額年俸となりました。

東北楽天ゴールデンイーグルスで積み上げた勝利は99、7年目では、前人未到の24連勝、この記録は、今後おそらく誰にも破られることはないでしょう。

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2014年シーズンに向けて、ポスティングによるメジャーリーグへの移籍を球団に申し入れました。

2013年までのポスティングシステムでは、移籍金は入札で決まるので、マー君の場合、ダルビッシュや松阪をしのぐ40億円以上の移籍金が、楽天イーグルスに入る予定でした。

ところが青天井で高騰を続ける移籍金に音を上げたMLB(米大リーグ機構)は、移籍金を上限20億に抑える新システムを提案してきました。

従来のシステムでは、移籍金の最高額を提示した球団だけが、交渉権を得られましたが、新システムでは、複数球団が同金額を提示した場合は、選手は、そのすべての球団と交渉できるというもので、選手にとっては、球団の選択肢が増えるというメリットガあります。

プロ野球選手会が、新しいポスティングシステム案を了承したことで、一気に新システムに移行する流れになって行きます。

最後まで反対していた東北楽天も、やむなく了承し、マー君のメジャーリーグ挑戦への道が開けることになりました。

新システムによって、ヤンキースが7年131億円、ブレーブスが1年21億円の複数年契約を提示するなどの情報が飛び交い、メジャー球団のマー君獲得レースはヒートアップします。

最終的にマー君が選んだのはニューヨークヤンキースで、なんと7年間で160億円(1億5,500万ドル)という驚愕の高額契約でした。

年俸に換算すると23億円となり、ダルビッシュの9億6,000万円(6年契約)の2倍以上です。

「日給440万円」、1球投げるごとに60万円が懐に入る計算です。

ヤンキースの先輩であるイチローは、「このオファーを受けた覚悟と自信に敬意が払われるべきだろう」とコメントしています。

ニューヨークへの引っ越しでは、自費でボーイング787をチャーターしました。

チャーター代は5000万円で、贅沢過ぎるという批判もありましたが、家族やスタッフのファーストクラスのチケット代や、コンテナ代を計算すると、それほどの浪費とは言えないという意見もあります。

年俸とは別に、年間1,000万の住宅費も支払われなすが、一体どんな家に住むのか、ファンやマスコミの注目が集まっているようです。

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妻里田まいとの馴れ初め

アイドル好きとして知られる田中ですが、2010年自身のブログで、カントリー娘の人気アイドル里田まいとの交際を公表しました。

二人を引き合わせたのは、野球好きで知られるお笑いコンビ「ココリコ」の遠藤章造で、遠藤と里田が番組で共演した際に、里田がマー君のファンであることを告白し、引き合わせてもらっています。

その後順調に交際を続け、2012年に婚約、3月に入籍を果たします。

 

里田は、「西日のキレイな(?)場所でプロポーズされた」と謎の言葉を残しています。

結婚式の媒酌人には、縁結びの神である遠藤に依頼したかったのですが、当時遠藤は妻千秋との離婚協議の真っ只中で、実現することができませんでした。

田中24歳、里田28歳の姉さん女房ですが、当時”おバカキャラ”で売っていた里田に、妻としてプロ野球選手の健康管理ができるのかと不安視する声が聞かれました。

しかしそんな声を跳ね返すように、里田はジュニア・アスリート・フードマスターの資格を取るなどして、田中の健康管理に懸命に尽くします。

手料理の数々が、里田のブログにアップされ、その手腕は評判を呼び、いまや里田は、”あげまん”妻の代表格になっています。

里田も29歳になって、子供がいてもおかしくない年齢ですが、田中の大リーグ挑戦を見据えて、妊娠を避けているという声も聞かれます。

早くアメリカに行って、2世の誕生を迎えたいところでしょう。

すでにオープン戦も始まり、開幕も間近となっていますが、年俸23億の新人マー君が、一体何勝できるのか、ファンは固唾を飲んで見守っています。

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