松本人志ダウンタウン解散を語る、”世界のキタノ”の背中はまだ遠く

近年その活動に陰りが見えているダウンタウン。数々のヒット番組を生みだし、若者を中心に、絶大な支持を得ていました。コンビデビューから30年以上経過して、50歳を迎えた今、冠番組の打ち切りも相次ぎ、大きな転機が訪れています。”世界のキタノ”になりたい松本、大橋巨泉になりたい浜田、二人が望むような未来は訪れるのでしょうか?

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紳助も認めたダウンタウンの才能、ピンでも活躍するマルチプレーヤー

小学校、中学校の同級生であった松本人志と浜田雅功が、NSC(吉本総合芸能学院)の1期生として入学して、在学中の1982年に、漫才コンビ”松本浜田”として結成します。

在学中から二人の才能は、抜きん出ていて、すぐにテレビ出演を果たしました。

しかし師匠を持たない、いわゆる”ノーブランド芸人”であった二人の前途は、そう甘くはありませんでした。

何度目かの漫才ブームが去って、吉本の既存の劇場”花月”三館に来る客の年齢が高齢化していることもあって、二人にとっては、辛い劇場回りが続きます。

1983年にコンビ名をダウンタウンに改名しました。

ダウンタウンのの才能を早くから買っていた、吉本興業の大崎洋(当時マネージャー、現社長)がこの状況を見かねて、笑いのターゲットを若年層に絞った、若手専用劇場として、1984年7月「心斎橋筋2丁目劇場 in 南海ホール」(通称「心劇」)を開場します。

これが成功して、テレビやラジオのレギュラーも獲得して、次第に知名度を上げていきました。

1987年4月MBS(毎日放送)でダウンタウンがメインで平日夕方の帯番組「4時ですよーだ」が放送開始、メインMCを務めるダウンタウンの人気が爆発します。

1988年から東京へも進出して、ウッチャンナンチャン野沢直子清水ミチコと共に伝説のコント番組「夢で逢えたら」が始まることになります。

1990年からは、完全に拠点を東京に移し、同年10月からNTVで「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」が放送開始されます。

1991年12月にはフジテレビの日曜20時枠で「ダウンタウンのごっつええ感じ」が放送開始。全盛期には視聴率20%を越える人気番組になりました。

1993年10月読売テレビ「ダウンタウンDX」が、1994年10月にはフジテレビで音楽番組「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」(~2012年12月17日放送終了)が放送開始、若者を中心に絶大な支持を得るようになっています。

この時期からピンでの活動も始まって、浜田は俳優業に進出して連続ドラマの主演をしたり、人気絶頂の小室哲哉と音楽ユニット「H Jungle with t」を結成、1stシングル「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」はダブルミリオンセールスを記録するなど、活躍の場を広げました。

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世界のキタノを追いかける松本人志と吉本興業の懐事情

一方の松本は、ルーツであるお笑いにこだわり続けます。

『夢で逢えたら』『ダウンタウンのごっつええ感じ』『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』では、単に出演者としてでなく、企画・構成にもかかわっていて、常に新しいことに挑み続けました。

1995年には日本武道館で初のお笑い芸人の1人単独ライブ「松風’95」を成功させて、独自の笑いを生み出しました。

1993年から1995年にかけて、週刊朝日に連載していたエッセイ”オフオフダウンタウン”が単行本化されます。

題名は『遺書』『松本』で、それぞれ250万部、200万部を売り上げました。

2000年には、自身の原案のテレビドラマ伝説の教師で主演を果たしています。

2004年から始まった『人志松本のすべらない話』は大ヒットして、視聴者だけでなく、業界関係者からも絶賛されました。

一方で、テレビというメディアでの表現の上での、様々な制約に、閉塞感を感じ始めます。

そこで松本は、新たな表現の場を求めて、映画監督への挑戦を始めました。

マルチクリエイターとして尊敬する”世界のキタノ”の背中を追いかけることを、自身のライフワークと思い定めたのです。

第1回監督作品「大日本人」は、マスコミが注目し、日本での公開前に、カンヌ国際映画祭の監督週間に招待されるなど話題になりました。

松本個人の人気で、初動としては。そこそこの観客動員がありましたが、その後は全く伸びません。

興業収入は約11億円と言われていますが、製作費として6億円、宣伝費には4億円もかかっています。

興業収入の半分は配給会社に渡るので、制作者の収入は5億5,000万、製作費の6億と宣伝費4億が経費ですから、単純計算で4億5,000万円の赤字ということになります。

カンヌの招待作品に、何の実績のない松本監督の作品が選ばれるのも、とても不自然で、製作側がプロモーションのために仕掛けた作戦でしょう。

しかしこの作戦も失敗に終わり現地では酷評されていたとの情報もあります。

それでも映画製作を続けたい松本側とマルチメディア展開を図りたい吉本興業の思惑が一致して、2009年第2作「しんぼる」、2011年「さや侍」と立て続けに製作・公開されました。

しかしこの2作品の興業収入はそれぞれ5億~6億未満と言われていて、やはり大赤字となっています。

ここ2年間、企業としても赤字決算となっている、吉本興業にとっては痛すぎる赤字です。

それでも松本は、吉本興業の大崎社長の後ろ盾をバックにして第4作の「R100」を完成させました。

満を持して公開したものの大コケ、関係者を慌てさせてしまいました。

公開2日間での興業収入が5,000万円と、過去の作品を大きく下回っていて、前作”さや侍”の半分以下、当然製作費の回収も危うい状況です。

大森南朋主演、大地真央寺島しのぶらが出演して、製作費も「大日本人」以上、莫大な宣伝費をかけての公開でした。

公開している映画館で、観客が2人しかいないなどのツイートも呟かれていて、この事実はもはや隠しようがありません。

監督4作目にして、他人の評価を気にせずに、思い通りに作ったと語っていた「R100」がこれほどコケるとは、さすがのビッグマウス松本人志もショックを隠せないようです。

吉本興業は、慌ててNMB48のメンバーを集めて「R100」の観賞会なるものを開いて、Twitterやブログで紹介させるという、荒技に出るという慌てぶりです。

早速、山岸奈津美、三田麻央、中川紘美、村瀬紗英らが面白かったとツイートしています。

事情が呑み込めていない矢倉楓子は、”招待されて観た”と正直にツイートして、すぐに招待の文字が削除されてしまいました。

映画の公開前に有名人にギャラを払って、試写を見せ、ちょうちん記事を書かせたり、面白かったとコメントさせるのは映画界では当たり前ですが、公開後に観賞会を開くというのは聞いたことがありません。

しかもも若手アイドルグループのNMB48に、R15指定のSM映画を見せてコメントさせるというハチャメチャぶりです。

遥かに格下のタレントNMB48の人気にあやかるという屈辱的な状況は、プライドの高い松本にとっては耐えがたいことだろうと思います。

しかしこの状況を黙って見過ごすわけにはいかない事情が吉本興業にはあるのです。

ここ数年赤字決算が続いている吉本興業は、経営危機がささやかれていて、大崎社長の経営手腕に疑問ありとする勢力が台頭しつつあります。

ドル箱タレントだった島田紳助の復帰にもめどが立たず、マルチメディア展開を目指した沖縄国際映画祭も失敗に終わり、やることなすこと裏目に出ている吉本興業の経営陣は窮地に追い込まれています。

このまま”R100”の赤字が数億円以上ということになれば、松本監督を推進してきた大崎社長の進退問題にもなり兼ねません。 その上、大看板松本人志ブランドに大きな傷がつくことにもなるのです。

ネット配信されている”松本人志の放送室“でスタジオジブリ(宮崎駿)作品をボロクソに酷評してきた松本ですが、もうそんなことを言っていられる状況ではありません。

一時は、映画製作に専念するために、ほかの芸能活動を休止するのではないかとまで言われていましたが、今ではそれも夢のようにはかなく消えてしまっています。

「大日本人」がカンヌで酷評された時に、尊敬するたけしから「映画は撮り続けなくてはダメ」と励まされた松本ですが、これ以上吉本が映画製作を許すとは思えません。

自分の全財産を投げうって、借金までしてそれでも映画を撮り続ける覚悟と情熱が映画監督松本人志にあるのか、正念場を迎えています。

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さらに、高視聴率を誇っていた、ダウンタウンの多くの冠番組や、MCを務めていた番組が、視聴率低迷を理由に、打ち切られています。

昨年10月から始まったTBS『100秒博士アカデミー』フジテレビ『教訓のススメ』も、わずか半年で打ち切られるという惨憺たる状況です。

みのもんた、タモリなどの大物Mcが次々にレギュラー番組から去っていく中、世代交代の波は、お笑いの世界にも押し寄せています。

こういった背景の中、ダウンタウンの二人の口から、引退や解散といった言葉が聞かれるようになりました。

2014年1月MBS『ごぶごぶ』(大阪ローカル)の放送の中で、ダウンタウンの浜田雅功がリタイア(引退)をほのめかしました。

視聴者からの「50歳になった浜田さん、60歳までに成し遂げてみたいことはありますか?」と言う質問に対して、浜田は「やることなんかある? 俺ほんまリタイアしたいもん。巨泉みたいになりたい」と答えて共演者の東野幸司やスタッフを慌てさせたのです。

対応に困った東野に対して、浜田は「いやいやいや、もうええやろ。もうええんちゃう?」「ずーっと仕事したい奴なんか、おれへんでしょ」と現在の心境を吐露しています。

一方の松本も、2014年3月のフジテレビ『ワイドナショー』で、コンビ解散や引退を意識していることを明かしました。

大物司会者の引退や番組の終了などが相次いだことに加え、大手プロダクションの大物経営者も高齢化しため「この10年で芸能界は、えげつないほど変わると思うのね」と語り、グループやコンビの解散に話題が移って、共演の東野幸治からの「ダウンタウンの解散も、もしかしたら?」との質問に松本は、「来る来る。それは、絶対に来るもん」と答えたのです。

ダウンタウンのそれぞれから、引退や解散という言葉を聞いたのが、東野幸司であったことにも何かの因縁を感じてしまいます。

年齢も50歳を越えて、痛々しいほど人気が凋落しているダウンタウン、この辺で引き際を考える時期に来ているのかも知れません。

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