沢村一樹、チラシモデルから憧れだった俳優へ、エロ男爵がガチ不倫

俳優で”エロ男爵”の異名を持つ沢村一樹。父親の借金が原因で両親が離婚、貧しい子供時代を送りました。チラシのモデルから俳優に転身して苦労はしますが、着実に実績を挙げ、現在は主役としてドラマに出演することが多くなっています。長い間の確執の末、和解できぬまま父は他界しました。去年発覚した不倫騒動についても調べてみました。

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映画好きの少年は、俳優になること夢見ていました

俳優で絵本作家でもある沢村一樹(いっき)、本名野村耕造、鹿児島県出身、1967年生まれの46歳です。

両親と4歳下の妹真美さんの4人家族でした。

現在でも母と妹は鹿児島に住んでいます。

2013年1月にTBSのトーク番組『A-studio』に出演したさい、妹の真美さんが働いているうどん屋さんを鶴瓶が訪ねています。

身長184cm、鹿児島市立鴨池中学校、鹿児島県立松陽高等学校を卒業しています。

小学生の時にエロスに目覚め、親に隠れて『11PM』を見ていました。

映画も大好きで、父親に映画に連れていってもらうのがとても楽しみな少年でした。

ブルース・リーや007シリーズなど、知らない土地へ行く話が大好きで、俳優になってあんな風にいろんなところへ行きたいと思い、将来は俳優になりたいと思うようになります。

父が不甲斐なかったことで、両親のケンカが絶えない家庭環境でした。

鹿児島市立鴨池中学校1年の時に、父が借金を残したまま家を出てしまいます。

中学1年の時に両親は離婚して、沢村と4歳下の妹真美さんは母親に引き取られます。

父が残した借金を返しながら2人の子供を育てるために、母親は朝から深夜まで働いたそうです。

それでも「貧しいながらも、楽しい我が家」というのが母の口癖で、家の中は明るかったといいます。

鹿児島県立松陽高等学校時代にはバレーボール部に所属していましたが、そのころからイケメンであることで有名で、女子生徒から騒がれる存在でした。

母は、沢村がイケメンであることを生かして、芸能界に進むことを勧めていました。

沢村自身も、母の苦境を救うには、普通の仕事の稼ぎでは無理だと思い、芸能界に入ろうと思い始めました。

高校卒業後、現金18万円を持って上京、アルバイトをしながら芸能界を目指します。

21歳の時、アルバイト先のお客さんから、モデル事務所を紹介され、モデルとしての活動を始めました。

しかし時代は沢村のようなビジュアルには、ファッションモデルとしての需要がなく、食べていくことができず、再びアルバイト生活に戻ってしまいました。

知人に違う事務所を紹介され、モデルの仕事としては2流とされるチラシの仕事も引き受けて、24歳になってやっとモデルだけで食べていけるようになりました。

元々やりたかったわけではなかったので、モデルの仕事は気楽に楽しくやっていましたが、俳優になるという夢からはどんどん遠ざかっていくような気がしていました。

モデル仲間だった大沢たかおや竹之内豊が、俳優として活躍しているのに刺激され、沢村も初心に帰ろうと決心します。

行く先々の仕事現場で、「本当にやりたいのは役者です」と口に出して言うようになった27歳のある日、現在の事務所『研音』の関係者の目に留まり、やっと俳優業に取り組むことになりました。

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再びゼロからのスタ―トだったので、しばらくは苦労しますが、2年ほどたったころから仕事が増え始めました。

1996年の大ヒットドラマ『続・星の金貨』に出演して、一躍お茶の間に名前を知られるようになります。

このころ事務所は沢村を2枚目として売っていたので、年齢を偽り恋人もいないことにするように言われて、とても居心地の悪い思いをしていました。

それをふっきるために、バラエティ番組に出演したさいに、下ネタを連発し、2枚目キャラからの脱出を図りました。

図らずもこれが大受けします。

2枚目のルックスに似合わない下ネタ大好きキャラは、視聴者に好感をもって受け入れられたのです。

これ以降沢村にエロキャラが定着、”エロ男爵”と呼ばれるようになりました。

その後、35歳の時に年齢詐称をカミングアウト、それでもバッシングに合うことはありませんでした。

沢村の代表作である浅見光彦シリーズ(TBS)は、沢村主演で21本も製作されています。

そのほかの作品では脇役に回ることがほとんどでしたが、2010年頃から主演作品が多くなりました。

役柄の幅も広がり、NHK『サラリーマンNEO』では、コントにも挑戦しており、”セクスイー部長”などの人気キャラも生まれています。

これまで、テレビドラマに出演しながら、他の俳優の演技を盗むことで、演技を独学で学んで来ました。

そのため舞台は怖くて、なかなか出る決心がつきません。

同じ理由で、映画にもあまり出演していません。

今後は映画の仕事を増やして、憧れの役所広司のような俳優を目指したいと語っています。

父との確執と後悔

母親に苦労を負わせた父のことを、長い間恨んでいました。

俳優として成功したから、母の勧めもあって、一度だけ父と再会しています。

しかし、『いまさら何だ』という気持ちが拭えず、父を受け入れることはできませんでした。

その2年後父親が他界、母からせめて葬儀には参列するよう言われますが、拒否しています。

最近になって、ようやく気持ちに変化が生まれ、晩年の父に冷たい態度を取ったことを後悔するようになりました。

父のお墓をたてて、沢村自身の手で、納骨をしています。

これでようやく父との関係にケリがついたと語っています。

結婚、そして3人の息子との関係

2000年に、雑誌”story”などでモデルとして活動していた、身長177cmで5歳年下の女性と結婚し、3人の男の子に恵まれています。

▼沢村の妻だと思われる女性のモデル時代

『父親とはこうあるべき』と言う思いが強過ぎて、長男と次男には、必要以上に厳しくあたってしまったようです。

末っ子の3男には、甘くなっていると語っています。

それでも父の威厳として、子供が高校を卒業するまでは、腕相撲では絶対負けたくないそうです。

芸術家肌で、イラストを描いたり、彫塑に取り組むなど、多彩な分野で活動しています。

趣味の彫塑では、エロ男爵らしく、女性の乳房を制作しています。

2012年には”沢村一樹絵本プロジェクト”の第一弾として、本格的な絵本『たねぽっくる ~パパとママにはないしょのおはなし~』を出版しています。

「どうせ役者が片手間にやっているのではと思われるのがすごく嫌」と真摯に制作と向き合い、原案・作画の全てを手掛けたと語りました。

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初めての不倫スキャンダルと沢村の釈明

ほとんどスキャンダルとは縁がなかった沢村に、衝撃の記事が報じられました。

2013年7月週刊文春が、沢村と都内在住の27歳のOLとの不倫愛をスクープしたのです。

沢村が自宅近くの、女性のマンションに、週2~3日の頻度で通っていると言うのです。

沢村は文春のの直撃取材を受けて、

「ぼくは彼女に好意を持っていますが、カミさんと別れる気は一切ないです。

ぼくはカミさんが1番で、まぁ、2番目がいるとすれば彼女ですが…」

と答えています。

彼女の自宅にも 行ったことはあるものの、あくまで友人関係で、下心はあってもまだ行為には 及んでいないということを1時間以上にわたって釈明しています。

妻のことは、3人の息子の良き母で、 「世界一誠実」「尊敬できる」「ぼくよりもずっと頼もしい」女性だと言っていますが、そんな素晴らしい妻をどうして裏切ったのかは謎のままです。

妻は、さっぱりした性格で、ほめ上手、沢村の“エロ男爵”ぶりも 受け流す感じで、仕事は仕事で、チャンと父親してくれればOKと言っていたようです。

しかし今回の不倫騒動は、さすがに腹に据えかねています。

子供のことが第一で、すぐに離婚だと騒ぎ立てるタイプではありませんが、これを償うには相当の努力と時間が必要でしょう。

ネットでは、”エロ男爵”はキャラではなく、ガチだったと話題になっていますが、意外にもバッシングの流れにはなっていません。

今後は、口だけの”エロ男爵”になる方が無難でしょう。

2014年4月からは、フジテレビ『ブラックプレジデント』での主演が決定しています。

自分の起こした会社が、世間からブラック企業と見られているということに、気づいていない経営者が、大学に入り直して、黒木メイサ演じる経営学の講師や、同級生の若者たちとぶつかりながら、成長していくという物語です。

沢村がどんなワンマン経営者ぶりを見せてくれるのか注目されます。

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