有働由美子の最後の恋が止まらない。アラフォー女子アナが寿退社か

今やNHKを代表する女子アナとして、女性から圧倒的支持を得ている有働由美子。イノッチとのコンビでMCを務めている『あさイチ』は、NHKの看板番組の一つです。良くも悪くもNHKらしくない”ぶっちゃけキャラ”も、アラフォー独身女性の等身大の真実として、好感を持って受け止められています。昨年報じられた一般男性との交際は、本物のようで、有働にとっての”最後の恋”の暴走が止まりません。

 

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有働由美子の”ぶっちゃけキャラ”が女性に大人気!

NHKの”朝の顔”となった有働由美子アナウンサー。

1969年児島県まれの45歳、父親の仕事の都合で、小学2年生の時兵庫県姫路市へ、3年生の時は西宮市、6年生のときは大阪府豊中市へと引っ越しを繰り返しています。

兄弟がいるとの情報はありませんので、一人っこのようです。

中学高校と剣道部に所属していて、2段を持っています。

大阪府立北野高等学校を卒業後、弁護士になりたくて、大阪大学法学部を受験するも失敗、一浪して再挑戦するつもりでしたが、父親の反対に合い、やむなく神戸女学院大学文学部に進みました。

現在の様子からは想像できませんが、幼少時は内気でおとなしい性格でした。

度々引っ越しを経験し、自己主張していかないと、イジメの対象になってしまうことに気付き、自分から積極的に話しかける活発な性格になっていきました。

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小さい頃から、漠然とマスコミに興味を持っていましたが、大学時代に起こった湾岸戦争を報道するABCやCNNに憧れ、1991年報道記者志望でNHKを受験しますが、図らずもアナウンサーとして採用されます。

学生時代にはアナウンサーとしての訓練を一切受けていなかったので、最初の任地大阪では、失敗と叱責の連続でした。

プライドはズタズタにされ、自信をなくし、アナウンサーは自分に向いていないと、真剣に転職を考えたほどでした。

しかし応援してくれた人がいたことと、生来の負けず嫌いの性格で、何とかアナウンサーを続けることができました。

その後東京に異動になり、小谷真生子、草野満代の後継として、1994年から『NHKニュースおはよう日本』の女性キャスターに抜擢されます。

1997年からは「サタデースポーツ」、「 サンデースポーツ」のメインキャスターを担当、「NHKニュース10」(2002年4月~2006年3月)「スタジオパークからこんにちは」(2006年4月~2007年6月1日)の司会などを担当し、NHKを代表する女子アナの一人へと成長しました。

アイドルアナと言われた後輩の久保純子には遅れを取ったものの、「紅白歌合戦」の司会も経験しています。

2007年6月、アナウンサーという立場のままでアメリカ総合ニューヨーク支局に異動となりました。

報道記者志望でNHKを目指した有働の夢が叶った瞬間でもありました。

約3年の特派員生活を経て帰国、2010年4月からの新番組『あさイチ』の司会を、ジャニーズのアイドルグループ”V6”の井ノ原快彦とのコンビで担当することになりました。

好感度抜群の井ノ原と、良くも悪くもNHKらしくない有働のコンビは、視聴者に好感を持って受け入れられ、前番組である朝ドラの高視聴率を引き継ぐというアドバンテージもあって、同時間帯のトップに躍り出ました。

『あさイチ』の冒頭では、社会現象にもなった「あまちゃん」や、「ごちそうさん」の内容についてコメントすることが恒例になり、”あま受け””ごち受け”などと呼ばれ、人気コーナーような趣きを呈しています。

『あさイチ』では、民放でもためらうようないわゆる”夫婦生活”にまつわる話題を取り上げたり、有働の脇汗体質への批判を逆手に取って、脇汗克服の漢方治療を紹介、有働が実践して、ある程度の体質改善に成功するなど、NHKらしからぬ番組作りを続けています。

綾野剛などのイケメンゲストが出演すると、明らかに有働のテンションが上がることや、番組内での”はじけっぷり”で批判も多い有働ですが、その裏では地道な努力も怠っていません。

聴者に伝えたい内容は、インパクトの強い言葉で始めること

取材した相手には、必ず直筆の礼状を送ること

事前に十分な準備をして、自信を持って臨むこと

視聴者は何を知りたがっているのかということを、いつも意識すること

こうしたことを心がけることで、時には伝える側として、ゲストとのトークでは視聴者の目線に立って聞く側として臨むことで、共感を得ているのです。

飾らずに、等身大のアラフォー独身女性としての思いや、悩みをさらけ出すことが、多くの女性の支持を受けている理由でしょう。

”好きな女子アナランキング”では、2012年に初めて10位に登場、2013年には5位になり、40代にしてブレークという偉業を達成しています。

45歳にして、いまだに独身の有働ですが、乳がんを患った母比佐子さんを東京に呼び寄せて、看病を続けました。

比佐子さんは、4年に渡る闘病生活の後、2011年9月に他界(享年67歳)しています。

2012年頃は、一人残されてしまった父親(73歳)を気遣って、毎週のように東京ー大阪を行き来する生活をしていました。

時折は父親が上京、父娘の2人で銀座のバーでお酒を飲む姿も目撃されています。

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有働は、かなりの恋愛体質として知られています。

2000年には、元アイドルグループCOCOの瀬能あづさと離婚したばかりのプロ野球選手石井琢朗との交際が報じられます。

▼石井琢朗(本名石井忠徳)

石井の自宅をサングラスとカツラ姿で訪問するところを写真誌にキャッチされましたが、「借りた本を返しに行っただけ」という珍妙な言い訳をしています。

星野仙一や、NHKで絶大な権力をふるった海老沢勝治元会長などにも可愛がられ、”ジジイ殺し”と呼ばれる事もありました。

慶応ボーイの電通マンや、東大卒の公認会計士など、数々の浮名を流しながら、干されることがなかったのは、海老沢会長(当時)の威光のおかげだと言われています。

40代になっても結婚願望を広言し、下は30歳から上は還暦までOKなどとの発言を繰り返しています。

2013年11月”女性自身”が、有働と39歳(当時)の男性が、手をつないでスーパーで買い物をする姿をスクープしました。

男性は愛知県在住、設備関係会社社長の御曹司である一般人です。

夏に知人を介して知り合い、交際に発展しました。

俳優の佐藤浩市似の渋いイケメンで、人柄もいいようです。

その後2人は、有働の自宅マンションに帰り、翌朝有働が出勤したあとで、男性が出てきたところを直撃取材されています。

有働は自身の年齢を考えて、これが結婚・妊娠の最後のチャンスと考えているようですが、すんなりとはいかない事情があるのです。

男性はバツ1で、3人の娘がいたのです。

娘たちは、妻が引き取って育てていますが、男性は養育費を支払っています。

有働は相手の男性がバツ1であることを気にする性格ではありませんが、長女が小学校低学年と、彼の3人の娘がまだ小さいことがネックで、直ぐに結婚というわけには行かないのです。

3人の幼い娘たちの気持ちを考えると、すぐに結婚に踏み切る決心がつかないのです。

それからしばらくの間、週末デ―トを楽しむ関係にとどまっていましたが、ここにきて状況が変わっているようです。

有働に近い関係者によれば、ここ数カ月で、有働が彼と会う回数が、極端に増えていると言うのです。

一部には、障害とされていた事柄を乗り越えて、有働が結婚を決断したという情報も流れています。

2014年9月を持って寿退社をするという噂もあり、NHK関係者が慰留に努めているとの情報もあります。

『あさイチ』は今やNHKの看板番組であり、MCの井ノ原と有働は、外せないコンビと考えられています。

NHKは有働の退社を認めたうえであらためて専属契約を交わすという破格の条件を提示して、『あさイチ』の続投を打診しているとの情報もあります。

こうと決めたら、一直線に突っ走る性格の有働、アラフォー女子アナの最後の恋の暴走ぶりに、NHK幹部は戦々恐々としているのかも知れません。

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