宮崎美穂次世代エース/激太り/選抜復帰/ホスト通いで終了フラグ

AKB48”みゃお”こと宮崎美穂、まゆゆと並ぶ次世代エース候補と言われながら激太りした挙句いつしか”干されメン”に転落していました。同期が次々卒業する中で運営の温情で突然の選抜復帰、最後のチャンスを掴んだかに見えましたが、毎年恒例の選抜総選挙後の文春砲の標的になり、まさかのホストとの半同棲生活が暴露されてしまいました。

スポンサードリンク

”みゃお”は”まゆゆ”と並ぶ次世代エース候補だった

AKB485期生の”みゃお”こと宮崎美穂、東京都出身、1993年7月30日生まれの23歳です。(2017年1月現在)

家族についてはほとんど知られていません。

Wikipediaでは姉が一人いるという記述がありその根拠としてオフィシャルブログ”XANADU”での2010年1月27日の記事があげられています。

今日はですね🐱

お仕事がお休みだったので

1日満喫させていただきました!キラキラ笑

わたしの🐱お姉ちゃんと

一緒にお出かけしました

ひっさしぶり(^ω^)

という記述が姉がいることの根拠になっているようです。

しかしこれには疑問があります。

かつて宮崎はこんな発言をしているのです。

「私は、本当のお姉ちゃんじゃないのですけど、血は繋がってないのですけど、お姉ちゃんがいるんです。韓国とかだとけっこうオンニとか言って、歳が上の人全員お姉ちゃんみたいな感じなんで、私そういう人に感謝してます」

つまりブログで語られている”わたしの🐱お姉ちゃん”はオンニであって、実の姉ではない可能性が高いのです。

宮崎は日本国籍をもつ日本人ですが、頻繁に韓国旅行をし、焼き肉や韓国料理好きで、TwitterやGoogle+にハングル語の投稿をアップするなど、過剰な韓国好きであることが知られています。

さらに未確認ながら独島(竹島)や対馬は韓国の領土であるという発言をしているとの情報もあります。

断定することはできませんが、宮崎の出自にはなにがしか韓国がつながっているのかもしれません。

スポンサードリンク

幼少のころから美少女で、保育園のアイドルだったそうです。(本人談)

小学校5年生からエイベックスのダンススクールに通い、歌とダンスを習い始めました。

上達が早く自信もあったので、「アニー」のオーディションに応募し最終選考まで残りましたが惜しくも落選しています。

2007年オーディション雑誌で見たAKB48の5期生オーディションを受け合格しました。

2008年同期のトップで正規メンバーに昇格、その3ヶ月後には、10thシングル”大声ダイヤモンド” で初の選抜入りを果たしています。

恵まれたビジュアルに加えて歌やダンスもうまく、MCも回せることで次世代を担うメンバーとして”まゆゆ”と並んで期待されるようになっていきます。

以降選抜メンバーの常連となりファンの人気も上がっていきました。

2009年の第1回選抜総選挙では昇格から1年足らずにもかかわらず18位にランクインし、その人気ぶりを証明しています。

この年同期の指原莉乃は27位でした。

しかし選抜総選挙での宮崎の順位はこの年がピークで、2010年21位、2011年27位、2012年38位と次第に下がっていきます。

思ったことをすべて口に出してしまう性格で、デビューしたてで周りの先輩にも毒舌を吐いていたことで”狂犬キャラ”と呼ばれるようになっていました。

握手会でのファン対応も、塩四天王(宮崎美穂、島崎遥香、多田愛佳、仲川遥香)の一人と呼ばれるほどヒドイものだったことも人気下降の理由だと言われています。

2011年ころは反抗期真っ只中で、同期や後輩からも扱いにくくて”メンドクサイ奴”認定されていました。

2011年の誕生日には昔からのたった一人の親友以外誰からも”おめでとうメール”が届かず寂しい想いを味わっています。

ストレスからか食事の量が増え、激太りしてさらに人気の低迷に拍車がかかってしまいました。

2013年の選抜総選挙で同期の指原莉乃が初の1位になった陰で、宮崎はとうとう圏外(81位以下)まで転落してしまいます。

▼この時の宮崎のコメント
去年の38位からの圏外はちょっと自分でも信じられない。
アンチから辞めろと言われていますが、女優やソロアーティストになるという夢を叶える為にも走り続ける!サシハラおめでとう!」

かつて次世代センター候補と呼ばれた面影はまったくなく、不人気の”干されメン”の一人になってしまったのです。

さすがにこの状況に危機感を持ち、ダイエットに取り組み始めました。

節制の効果はすぐに表れ、かつて美少女だったころのビジュアルが少し戻ってきました。

ビジュアル改造への思いが強くなり過ぎて、2014年3月の韓国旅行で整形手術を受けたのではないかという疑惑が持ち上がっています。

確かに顎のラインがシャープになり、目の下の涙袋が異様に大きくなっています。

そのかいあってか、2014年の選抜総選挙で78位にランクインすることができました。

しかし2015年には再び圏外に転落しています。

何としても復活したい宮崎は王道アイドル路線をあきらめ、バラエティ路線に舵をきり、なりふり構わず目立つことに意欲を見せていきました。

2015年の6月の有吉AKB共和国の「AKBドリームマッチ7」で、コウメ太夫と組んで、白塗りの着物姿で”チックショー”芸を完コピする根性を見せました。

 
次世代エース候補と言われていたのに今はこのザマです。チックショー!
選抜外れて仕事も減って、ファンも友達も消えました。サッビシー!

5期生で現役をつづけているのは、指原莉乃HKT48、北原里英NGT48、近野莉菜JKT48と宮崎の4人だけになってしまいました。

卒業も視野に入った宮崎のこんななりふり構わぬ頑張りに運営が心を動かされ、久々の宮崎推しが復活し、2016年6月の44thシングル”翼はいらない”で6年ぶりの選抜復帰を果たします。

総選挙の公式ガイドブックの表紙にも抜擢され、あからさまな運営の”宮崎推し”が話題になりました。

それほど遠くない宮崎の卒業までの花道をなんとか華やかに飾らせたい運営のはからいでした。

2016年選抜総選挙の密着ドキュメントとしてフジテレビの”ノンフィクション”で宮崎美穂と大島涼花を取り上げるという破格の待遇も用意されました。

迎えた結果発表の6月18日、辛くも78位にランクイン、宮崎は目に涙を浮かべてファンに感謝の気持ちを伝えたのです。

ブログでも、「みんなに感謝の気持ちでいっぱいです 今度は私が恩返しする番です」とつづっていました。

こうして運営が描いた宮崎美穂完全復活のシナリオは軌道に乗ったかに見えましたが、思わぬ落とし穴が待ち受けていました。

スポンサードリンク

毎年恒例となった選抜総選挙直後の週刊文春によるAKBスキャンダルの暴露、今年の標的になったのはなんと宮崎だったのです。

選抜総選挙直後の6月23日発売の週刊文春にAKB48宮崎美穂イケメンホストと堂々の通い愛という記事が写真とともに掲載されました。

お相手は31歳のホスト藤和玲次さんとされ、互いの家を頻繁に行き来する親密な仲であると報道されました。

藤和さんは新宿歌舞伎町のホストクラブLOVEの支配人だとされています。

写真付きの記事は否定しようもないものでしたが、運営は二人の交際を否定、単なる友人の一人だと苦しい言い訳をしています。

本来なら柏木由紀・手越祐也並みの大スキャンダルになるところですが、Twitterがコメントで炎上する程度でネットでもそれほど大きな話題にはなっていません。

宮崎のTwitterには

「あれ?今日は男と居るからツイッターおサボり?」

「今日も自分の家には帰らず彼氏の家だろ?」

「今日もホストの家にお泊まりですか?」

といったメッセージが相次いで寄せられています。

宮崎の復活を願って選挙で投票した13,366票のファンの気持ちを踏みにじったことを宮崎はどう受け止めているのでしょうか。

運営だけでなくファンまでも裏切った宮崎にAKB48での未来はもうありません。

宮崎自身はこの件について何のコメントも出していません。

コメントすればかえって騒ぎが大きくなるとわかっているからです。

運営サイドから否定することも、謝罪することも止められているのでしょう。

NMB48の木下春奈と同様、針のむしろに座らせられたまま、潮時を見て卒業を発表することになるのです。

大きな挫折を経験しても腐らずに頑張り続けた同期の北原里英には運営から卒業への花道としてNGT48のキャプテン就任という大役が用意されました。

今後運営サイドが宮崎を特別扱いする可能性はゼロでしょう。

宮崎は自分の手で未来を閉ざしてしまったのです。

6月26日オンエアの”ザ・ノンフィクション”での宮崎の感謝の言葉がかえって痛々しさを感じさせます。

宮崎美穂の波乱万丈のアイドル人生に終わりの日が近づいています。


コメントをどうぞ

メールアドレス (必須・公開されません)
コメント本文

  • 投稿いただいたコメントは、管理者のチェック後掲載しておりますので、即時には反映されません。