渡辺美優紀 稀代の釣り師の卒業理由は”紙飛行機”?芸能界は引退か

”みるきー”こと渡辺美優紀が。2016年4月13日NMB48劇場公演中にグループからの卒業を発表しました。かつてはNMB48の中で、山本彩とツートップを張っていた”みるきー”、根強い人気を誇り、熱狂的なファンが多数いる一方で、強烈アンチもいるという際立った個性を持っています

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渡辺美優紀とは、どんな人物なのか?

今回の卒業決断を理解する鍵 は、”みるきー”の子供時代にありました。

幼少時に、両親は離婚していましたが、経済的には普通の家庭でした。

真偽は不明ですが、離婚した父親は風俗関係の店を経営しているとの噂もあるようです。

あなたにはしなくていい苦労をさせてしまった

あなたがいてくれたから頑張れた

と生誕祭での母からの手紙につづられています。

”みるきー”自身が公言しているように、子供のころから”こだわり”を持つ”頑固”な性格だったようです。

5歳の時から、自分の着る洋服は自分で選んでいて、母の好みはカッコイイ系でしたが、断固拒否して、フリフリのカワイイ系ばかり着て、がっかりさせていました。

小学生になって、モーニング娘にはまり、ダンススクールに入りたいと思いましたが、(向いていないという理由で)母に反対され続けました。

5年生になってやっと許されてダンススクールに入り、それから大好きになり、夢中でダンスを続けました。

身体能力も高く、体の柔軟性はAKBグループ随一で、ダンススキルはNMB48でもANB48でも、トップを争うほどです。

中学生の時にはスーパーキッズダンスコンテストに出場して入賞するという実績も残しています。

幼稚園のころから男の子には人気があり、小6の時が人生最高のモテ期で、もうそのころから”釣り師”の片鱗があったようです。

釣り師と呼ばれることについては

『幼いながらに生きるために周りの大人の顔色を伺って、機嫌を取ってきたというかそうしとけば生きていけるみたいなのが体内に染み込んでて、それが抜けなくって、クセになってるような感じなんです。 』

『笑うのは楽しいからじゃなくてクセなんです。だからちょっと辛いんです。』

『わたしは自分の気持ちを押し殺してニコニコしてきたから、凄い歪んでると思う』

しばしば毒舌を吐き、”わるきー”という別名も持っていますが、いつもニコニコしている自分のにたまっていくストレスに対して、
無意識のうちにガス抜きをしているのかもしれません。

一方で、堅実な面を持っていて、スケジュール帳に予定を書き込み、お小遣い帳もきっちりつけ、お小遣いの半分は貯金をするような子供でした

計画的に生きたいと思っていて、冒険よりも安定を好む性格だと語っています。

子供や赤ちゃんが大好きで、将来は助産師になりたいと考えていました。

進学校入学→医大看護学科入学→国家試験合格→助産師→結婚して出産

という人生計画を立てていました。

まず進学校への入学をめざし、母にねだって塾に通い始めました。

それからは猛勉強して奈良県立平城高校(偏差値65)という県内有数の進学校に合格しています。

そして間もなく、順調に進んでいた人生計画に、初めての岐路が訪れました。

みるきーのダンスの才能をみとめていたクラスメートや担任のすすめに応じて、軽い気持ちで応募したNMB481期生のオーディションに、図らずも合格してしまったのです。

元々アイドルに憧れはあったものの、助産師になるために計画的に進めてきた16年間の人生を変えてしまってもいいのか。

ものすごく悩んだ末の結論は、アイドルになる  ということでした。

母は心配して猛反対でしたが、”強行突破”したと語っています。

一度決めたことは絶対に曲げないというみるきーの性格をわかっている母親の方が折れて

『がんばりや』

と背中を押してくれました。

あれほど猛勉強して入学した平城高校でしたが、アイドルとの両立はむずかしいことから、山本彩の通う、芸能活動に理解がある大阪薫英女学院高校に転入することになりました。

計画通りにはいかないアイドルの道へ、みるきーは安定を捨てて挑むことに覚悟を決めたのです。

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 アイドルとして初めて経験した挫折

NMB48のオーディション時には、密着カメラから逃げ回っていたみるきーの意識は、アイドルとしてのレッスンや経験を重ねて、次第に変わっていきました。

猛烈にレッスンに励み、誰よりも努力することがアイドルみるきーのやり方で、その結果の周囲の評価がプライドであり支えとなっていきました。

2011年1月1日のNMB48シアターグランドオープンが決まり、NMB48の劇場公演デビューも同時に披露されることになります。

その出演メンバーの発表の時、1番に山本彩が呼ばれ、みるきーは2番目に呼ばれました。

3月10日NMB1期生25名からチームN16名が選抜されましたが、このときみるきーは1番先に名前を呼ばれています。

”ダンス・表現力・歌”すべての面で群を抜いていた

当時のスタッフは語っています。

のちにNMB48の2枚看板といわれる、みるきーvsさや姉 のライバル関係はこのころに始まったのです。

さや姉と二人で、AKB48 21thシングル”Everydayカチューシャ”の選抜メンバーにも選ばれ、水着グラビアも経験して、アイドルとしての道を順調に歩んでいきます。

そして初めて迎えるAKBグループ選抜総選挙、NMB48のメンバーでは1番になりたいと願っていました。

5月25日の速報では、さや姉25位、みるきー34位と二人ともランクイン(40位まで)しましたが、最終結果ではさや姉は28位に入ったもの、みるきーは圏外に終わりました。

会場にいたみるきーは、周囲が引くほど号泣し、退場した舞台裏でもしばらく泣き止みませんでした。

アイドルみるきー初めての挫折でした。

それでもNMB48での評価は変わりなく高く、デビューシングル『絶滅黒髪少女』(2011.07.20リリース)では、さや姉ではなく、みるきーがセンターに抜擢されました。

みるきーにまつわるスキャンダル

しかしそれからひと月足らずの8月11日に事件が起こります。

その日みるきーは東京池袋サンシャインシティで行われたNMB48プレミアム握手会に参加するために、都内のホテルに宿泊していました。

そのホテルでは、みるきーは近藤里奈とのふたり部屋でした。

その部屋でお菓子パーティを開いた時に、同じホテルに宿泊していたNMB48ファンの男性2人を部屋に呼び入れたというものです。

お菓子パーティの参加者は、吉田朱里、松田栞、近藤里奈、山本彩の4人とされています。

このときみるきーはロケの打ち合わせで外出中でした。

この事件での公式の処分は、吉田朱里、松田栞二人の無期限謹慎処分(9月4日 のちにファン投票により復帰)だけです。

しかしみるきーと近藤里奈は事件直後の2ndシングルの選抜メンバーから外されています。

この理不尽な扱いに、みるきーは大泣きし母親に電話をして、NMB48を辞めたいとまで言っています。

さらにみるきーはAKB4823thシングル”風は吹いている”ではアンダーガールズにも選ばれませんでした。

一方で男性ファン引き入れの首謀者?とされる山本彩には一切のお咎めもなく、NMB48でもAKB48でも選抜メンバーとして選ばれ続けました。
本来この事件はマスコミに知られることなく内密に処理されるはずでした。

ところが男性ファンへの扱いを巡って事態が紛糾、納得できない男性のSNSを通じて写真や真相?が流出してしまったのです。

その後の関係者の証言から事件の経緯は次のようなものだったとされています。

8月11日、都内(池袋)で行われる握手会イベントの為に大阪から遠征してホテルへ宿泊
吉田朱里がお菓子パーティーをしようと松田栞にいう。
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松田が山本彩も部屋に呼ぶ
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山本彩がやって来て吉田らと合流
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山本彩がファンが同じホテルにいるから呼ぼうよと吉田朱里及び松田栞に持ちかける。
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(この頃、渡辺美優紀はロケの打ち合わせで外出)
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遠征していた山本彩のファンも同じホテルに宿泊(=事前に流出させて伝えていた)
山本彩が19歳専門学生のファンら、2名を既に交換していた携帯で部屋へ招き入れる。
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更に人数合わせで近藤里奈も呼ぶ
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仕事を終えた渡辺美優紀が帰宅
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山本彩と吉田朱里、松田栞、近藤里奈が男性数名と部屋で騒いでいたことを目撃し、
山本らに詳細を聞き、事態を把握
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渡辺が現場混乱を避けるため大阪にいるスタッフに相談&一連の流れを伝える
慌てたスタッフは現場マネージャー(東京管轄)へ報告&突入
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その場にて現行犯で証拠を押さえ、言い逃れ出来ない状況に…
主犯格山本彩は何もいえず泣く。近藤里奈は呼ばれただけと弁明はする
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内々に賞罰委員会を立ち上げ審議する。処罰は吉田、松田のみ解雇、山本は処分保留となり、その旨を内部通達。
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このことに近藤里奈が憤り渡辺とともに抗議をする
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運営の賞罰委員会にて再審議後、吉田、松田は、解雇よりも軽い、謹慎処分となることが決定したが、当該事案は運営がキャプテンに任命し、又、総選挙でもNMB内で唯一ランクインに推した山本が引き起こしたものであったため、山本は主導的立場であったにも拘わらず結局、処分保留とされた。
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しかし、後日山本とその男性の扱いについてトラブルとなり、男性がプリクラ(おとまりんこ)と共に情報を流す。
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そのため、運営の思惑に反し事態は紛糾し、事件が明るみにでることになる。

これが、山本彩を始めとする吉田朱里、松田栞、近藤里奈の4人(ホテル4)によるホテル事件(いわゆるホテル4おとまりんこ)の真相とされています。

これが事実だとするとみるきーには一切の非がなく、事態の収拾のとばっちりを受けただけといえるでしょう。

いわゆる大人の事情(アイドルビジネスとしての損得)の犠牲になってしまったようです。

それまでも山本彩と、昔からのファン(元彼という説もある)たちとの関係はNMB48ファンの間では噂になっていて、彼らは山本の現場への送り迎えまでしていたという証言もあります。

この事件をきっかけに、みるきーは大人たちに不信感を持ってしまったとしても不思議はありません。

大人たちはNo.1しか守ってくれない。

そしてNo.1である山本彩との間に埋められない溝ができてしまったのです。

それからのみるきーにとってのNMB48での活動は、No.1になるための戦争でした。

何がなんでも、絶対に追いついたんねん。絶対に負けたくない、と心に火がつきました。

今に見とけよって(笑)」。

辞めなかったのはなぜ?

「ファンの方がいたからです。少しして私の生誕祭(※9月23日)があったんですけど、こんな私でも応援して下さっているんだと思って。生誕祭を境に気持ちが切り替わりました

(エケペディアより)

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握手会でも。劇場公演でも、みるきーは全力で打ち込みNo.1の座をめざしました。

みるきーの活躍は、好むと好まざるにかかわらずさや姉と比較され、煽られ続けました。

2012年AKB4827thシングル(ギンガムチェック)選抜総選挙

速報   最終結果
みるきー     19位     19位
さや姉      18位     18位

11月20日、ファースト写真集『みる神』発売。

同日には山本彩のファースト写真集『さや神』も発売され、スシローのCMへの出演権をかけた両者の売り上げ対決が行われます。

結果は、12月3日付のオリコン週間本ランキングでみる神3.0万部、さや神2.8万部で、みるきーが上位となり、CM出演権を獲得しました。

このイベントでも、二人の争いのヒートアッップを物語るエピソードがあります。

速報時点ではさや神が大きくリードしていたのに、この結果はおかしい。

さや神の内容に納得がいかないさや姉が、新宿での写真集発売記念合同握手会で記者の質問に涙を流した。

このころには、みるきー・さや姉の二人は、誰もが認めるNMB48のツートップになっていました。

2013年AKB48 32ndシングル(恋するフォーチュンクッキー)選抜総選挙

速報   最終結果
みるきー     19位     19位
さや姉      18位     18位

2014年3月あの週刊文春がみるきーの衝撃的なスキャンダルを報じます。

みるきーが東京での自宅マンションに、医大生でイケメン読者モデルを招き入れて一夜を過ごしたというものです。

男は藤田富(とむ)みるきーの一つ年上で、読者モデルでありながら、東京医科歯科大歯学部に通う医大生というハイスペック男子。

その年の初め、あるAKBメンバー(永尾まりやとの説あり)の自宅での飲み会で知り合い、みるきーが一目ぼれ。

藤田には年上のバイオリニストの彼女がいることを知っても、その想いを抑えきれず、LINEで猛アプローチを続けたといいます。

藤田もみるきーの一途さに引きずられ、密会を重ねていきます。

藤田はこのことを自嘲気味かつ自慢げに、自身の鍵付きTwitterに実名で投稿

それを知った共通の知人が文春にリークして週刊文春の知るところとなります。

その内容は、あまりに過激でスタッフもファンも驚愕するようなものでした。

二人の交際について一部のマスコミは追及を続けますが、みるきーの所属事務所は、それに答えることはありませんでした。

藤田サイドはすぐにアカウントを削除、マスコミにはまともな対応もせず、ただただ逃げ回っていたようです。

池袋のホテル事件では守ってもらえなかったみるきー、今度は守られる側になってしまいました。

この件についてみるきーがどういう風に感じていたのか、今となっては知りようがありません。

この問題はみるきーの存在がビッグになったことで、みるきーだけの問題ではなく、NMB48いやAKB48グループ全体の問題になっていたのです。

みるきーにはこの報道を否定する機会も、謝罪する機会も与えられませんでした。

ホテル事件で不信感をもった大人たちから、不本意にも守られる形になったのです。

このときみるきーは気づきます。

一番悪いのは事件を起こしたみるきー自身、でもスキャンダルから大人たちが守ったのは、みるきーではなくNMB48いやAKB48グループ全体とそれにかかわっている大人たち自身だということに。

ホテル事件も同じ、あの時守られたのは山本彩ではなかったのだということに。

このスキャンダルを受けてみるきー人気は暴落します。

2014年AKB48 37thシングル(心のプラカード)選抜総選挙

速報   最終結果
みるきー     18位     25位
さや姉      7位      6位

常に至近距離で争っていたさや姉に大きく水をあけられてしまいました。

この時のあいさつでも、スキャンダルに触れることは許されず、否定も謝罪すらもできず、みるきーはただただ泣くしかありませんでした。

それでも強運?なみるきーは、9月17日、日本武道館において開催された『AKB48グループ じゃんけん大会 2014 〜拳で勝ち取れ!1/300 ソロデビュー争奪戦〜』で優勝し、ソロデビューする権利を獲得します。

主要メンバーでもなかなか許されないソロデビュー。

みるきーにとっては願ってもないチャンスのように思われました。

篠田麻里子のソロデビュー作品は”上から麻里子”、ぱるるには”永遠プレッシャー”。

それぞれのキャラクターに合わせた楽曲が用意されます。

そしてみるきーにもたらされたソロデビュー曲は”やさしくするよりキスをして”

松田聖子ばりのジャケ写付きでぶりっこ全開のアイドル曲でした。

2014年12月24日リリースされた”やさしくするよりキスをして”は少しだけ話題になり、初動売上4.1万枚、オリコン週刊ランキング4位という結果に終わっています。

スキャンダル後の将来の可能性をソロデビューに賭けていたみるきーにとっては厳しい結果となりました。

失意を抱えたままみるきーは活動を続けます。

2015年AKB48 41stシングル(ハロウィンナイト)選抜総選挙

速報   最終結果
みるきー     18位    12位
さや姉       5位    6位

選抜には復帰したものの、さや姉とは大きな差がついたままです。

みるきー卒業決断のきっかけは”365日の紙飛行機”だった

そしてその年の9月、AKB48が担当することが発表されたNHKの朝ドラ”あさが来た”の主題歌”365日の紙飛行機”のセンターに、山本彩が抜擢されます。

みるきーはさや姉がセンターに抜擢されたことより、この楽曲の素晴らしさに打ちのめされました。

自分のソロデビュー曲”やさしくするよりキスをして”と”365日の紙飛行機”との間にはクオリティに歴然とした差があったのです。

この歌を歌えば歌うほど感動し、どんどん好きになっていく自分に驚きました。

そしてこんなすばらしい歌をセンターとして歌うチャンスをつかむ山本彩を追い抜くことはないだろうと気づいてしまったのです。

このころからみるきーの脳裏に卒業という言葉がちらつき始めます。

そして2015年の末には卒業を決断しスタッフに告げました。

一途な性格のみるきーは、卒業を決断したからには少しでも早く発表し、次のステップに進みたいと考えていました。

しかしそういうみるきーの気持ちは大人たちには理解してもらえません。

ここでもみるきーの嫌いな大人の事情が顔を出すのです。

運営や事務所スタッフとの話し合いが何か月も続きますが、一向に出口が見えない状況が続きました。

2016年3月21日にしびれをきらせたみるきーが、自身のTwitterでAKB48/44thシングル選抜総選挙への不参加を表明したことから、卒業・引退などの噂が一気に流れ始めてしまいます。

その数日後には、トークアプリ755で、5月のみるきーの握手会に参加したいと言ったファンに対して、『そこまでここにははいないと思うから(握手券を)買わないで』と衝撃の発言をして、卒業は決定的だとささやかれました。

しかしこれに関して事務所のKYORAKU吉本ホールディングスやNMB48運営サイドからは何のアナウンスもありません。

そして4月13日、やっとNMB48劇場『逆上がり』公演の終盤で正式にAKB48グループからの卒業発表することを許されたのです。

●渡辺美優紀コメント
私は、NMB48を卒業します。本当にNMBに入るときよりも卒業することを決めることの方が本当に大決心でした。5年半このステージに立たせてくださった皆さん、本当にありがとうございました。私にとって、とってもすてきな日々でした。そして、すごく幸せでした。

やっぱり同期のメンバーが、たくさん卒業していって、見渡すと本当に後輩たちが、キラキラ輝いていて、次世代と呼ばれているNMBのメンバーに”今”を任せたいなと心から思いました。そして、私は、チームNからチームBIIになって、この間、甘噛み姫のチームカップリング曲のミュージックビデオの撮影をしているときに、ダブルセンターが、なぎしゅう(渋谷凪咲/薮下柊)だったんですけれども、それを見て、これが、このチームBIIが観ていきたいとすごく本当に思いました。

本当にメンバーみんなにも、1人1人に話したいこととか、たくさんあるし、今まで、スタッフのみなさんやメンバーや(ファンの)皆さんに、人一倍きっと迷惑も心配もたくさんかけてきました。あんまり素直になれなくて、自分の気持ちをちゃんと話してこれなかったけど本当に、心からみんなに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

そして、(山本)彩ちゃん。同い年で身長も同じぐらいで、血液型も一緒で、私は、最後まで友達のように仲良くというかホントの友達のような関係にはなれなかったけど、今までの人生で一番運命の人だと感じました。本当に一番運命を感じた人で、たくさん悔しいことも誰よりも素直になれなかったけど、私が、(山本彩が)一番誰よりもすごい人だということをわかってるし、本当に尊敬しています。ずっと伝えれなかったけど、この場をお借りしたら、言える気がしたので、すごく言いたかったので言いました。

本当に、寂しくて、でも、卒業をすると決めてからの方が、すごくもっと今まで以上にNMB48大好きで、(メンバー)みんなのことも今まで以上に、一番応援していきたいので、私も残り少ないんですけども、NMB48のために、全力で頑張っていきたいと思います。本当に感謝してもしきれないぐらい、たくさんの私の思い出がつまっているNMB48なので、これからもみなさん応援よろしくお願いいたします。

 この中で、みるきーは山本彩について3つのことを語っています。

一つめは、最後まで友達になれなかったこと

二つめはアイドルとして尊敬していること

そして何より重要な三つめは、さや姉はみるきーにとって(良くも悪くも)”運命の人”であったこと

さや姉がいたからみるきーは頑張れたし、さや姉がいたからNo.1にはなれなかった。

そして卒業を決断したきっかけも、さや姉のセンター曲”365日の紙飛行機”であったことです。

秋元康からも、AKB運営や所属事務所からもコメントがないのはなぜなのか

卒業の理由や時期も含めて、周囲の理解を得られなかったことで、発表のタイミングを失っていたみるきー。

それでもファンを裏切りたくなかった”みるきー”は、総選挙不出馬や、握手会不参加をフライング気味にリークすることで、”卒業”を既成事実にしていったのです。

『このフライング発言については、(大人たちに)かなり怒られたし、自分も反省している。』

とラジオの生放送(オールナイトニッポン)で語っています。

同僚であるメンバーの受け取り方も様々で、それぞれに複雑な感情があったようです。

755への書き込み直後に山本彩がその意味をLINEで聞いてきたのには、

そういう意味やで

と返したと言っています。

同じチーム(B2)の藪下柊の

あれ、触れたらあかん話やと思って、よう聞かんかった。』

という言葉が、みるきーを取り巻くその時の空気を表しています。

結局スタッフとの円満な合意がないまま、憶測や混乱を回避するために、この突然の卒業発表となってしまったというのが真相です。

秋元康も運営も、4月17日現在)いまだに何のコメントも出していません。

その結果卒業後の進路について、みるきーは具体的なことは何も言えず、抽象的な表現しかしていません。

『NMB48を卒業し、1人の渡辺美優紀として人生を歩みます! 私の第2章がどんなものになるのか自分でも想像つかないです。 わからないから楽しみです。 みんなとの出会いや思い出を宝物にしてずーっと頑張ります。』

卒業発表直後のオールナイトニッポン(指原莉乃・山本彩・渡辺美優紀)でも、みるきーの卒業後については、一切触れられませんでした。

みるきーがアイドルとしてやりきったと感じているなら、芸能界引退もあるかもしれません。

でも一方でダンススキルや握手会での神対応にみるきーの天賦の才能を見る人も多くいて、芸能活動を続けるべきと言っています。

大人の事情から、今後について語ることのできないみるきー。

それでもあなたの未来はきっと輝いています。

今までたくさんのひとに笑顔を届けてくれたアイドルみるきーに感謝したいと思います。

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