雨宮塔子2人の子供をパリに残しての”News23”出演は危険な賭け

TBSの元祖アイドル女子アナ雨宮塔子、”どうぶつ奇想天外!”を担当するなどエースとして人気を博していました。30歳を目前にして突然退社してフランスパリに渡ります。パティシエの青木定治と2002年に結婚、2児をもうけましたが2015年に離婚、パリ在住のままフリーキャスターやエッセイストとして活動していました。2016年7月から古巣TBS”NEWS23”のメインキャスターに起用されることが発表されています。

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女子アナとして人気絶頂の時に電撃退社してパリに!

フリーキャスター・エッセイスト雨宮塔子(あめみやとうこ)、東京都杉並区出身、1970年12月28日生まれの45歳です。

父は『文學界』編集長(1987~89)を務めた雨宮秀樹氏。

生粋の成城学園育ちで、高校時代はラグビー部のマネージャー、大学ではスキー部に所属し選手として活躍していました。

1993年4月3967名の応募者を勝ち抜いてTBSにアナウンサーとして入社します。

入社試験の面接でピンクレディのUFOを完コピして踊り切ったことは今でもTBSアナウンス室の伝説として残っています。

誰からも愛されるビジュアルと天性のアナウンス技術の高さで、入社当時から期待される存在でした。

入社半年後の1993年10月”どうぶつ奇想天外!”の初代アシスタントに抜擢されます。

家族そろって安心して見られる番組として人気を博し、雨宮の人気も急上昇しました。

雨宮の退社が決まるまでこの番組の担当は続きました。

1994年から始まったサントリーの1社提供番組”チューボーですよ”の初代アシスタントにも起用され、メインMCの堺正章と雨宮との掛け合いは番組名物となりました。

[この番組の担当も4年半の長きにに渡っていて雨宮の人気ぶりがうかがえます。

雨宮の人気の秘訣は、大御所MCである”みのもんた”(どうぶつ奇想天外!)や”堺正章”に対しても臆することなく言いたいことが言える明るいキャラクターにありました。

適度に天然でありながら、アシスタントとして番組の進行を無難にこなせる能力を持っていることでスタッフからの信頼を勝ち得ていたのです。

マスコミは雨宮のことをTBSの元祖アイドル女子アナと呼ぶようになりました。

TBSにはそれまでフジテレビのようなアイドル的な女子アナは存在せず、雨宮と1年後輩の新藤晶子がTBSの元祖アイドル女子アナとして認知されています。

確かなアナウンス技術を持つ雨宮は情報番組にも起用され、1995年阪神・淡路大震災発生時には、担当していた朝の情報番組”ザ・フレッシュ!” で、大阪の毎日放送に出向してニュース原稿を読むことも経験しています。

入社して3年たったころ雨宮家は凄惨な事件に見舞われます。

自宅に男が押し入り、祖母と母がハンマーで殴られて重傷を負うという事件が起こったのです。

その犯人はなんと雨宮の叔父でした。

その叔父と雨宮家に金銭をめぐるトラブルがあり、逆恨みした叔父が犯行に及んだものとされています。

事件当時雨宮自身も在宅中でしたが別室にいて難を逃れています。

1999年雨宮は人気絶頂であったにもかかわらず突然TBSからの退社を発表します。

入社早々からアイドルアナとして扱われてきたことに若干違和感を覚えたことや、報道番組で局アナとしての情報発信に少し窮屈さを感じ始めていたことなどが重なり、自分をもう一度リセットしたいという気持ちが強くなってTBSの退社を決めました。

学生時代からの夢であった美術の勉強と語学の習得を目指し、TBSを退社してすぐフランスのパリに渡りました。

パリルーブルの美術学校に聴講生として3年間通いました。

1年目はフランス語がほとんど理解できず、西洋美術史の勉強も捗りませんでしたが、言葉の理解が深まるにつれて、勉強も面白くなって行きました。

いきなり正式な生徒として入学せず、課題の提出などの義務がない聴講生として気楽に始めたことが長く続いた理由だと語っています。

2002年6月知人を通してパリでパティスリー・サダハルアオキ・パリのオーナーシェフを務める青木定治と出会い、交際6か月で結婚しました。

青木は経営者として野心家であるだけでなく女性に対しても積極的で、雨宮と知り合った時期にも同居女性がいたとも伝えられています。

雨宮と青木との結婚は雨宮の略奪愛だという噂も当時のパリの日本人ムラには流れています。

当時雨宮はルーブルの美術学校での勉強が3年で修了し、パリにこのまま残るか日本に帰国するかの決断をする時期に来ていました。

まだパリで何も成し遂げていないと感じていた雨宮にとって青木との出会いと結婚は非常にタイミングが良く、運命かもしれないと思ったのです。

2003年に長女を、2005年には長男を出産し、あっという間に2児の母になりました。

パリ以外に台湾や日本で事業を展開している青木は、育児には一切協力せず雨宮は異国の地パリで一人で子育てに奮闘しなければなりませんでした。

パティスリー・サダハルアオキ・パリは、当時パリに4店舗、東京に4店舗、台湾2店舗を構える人気店で、世界最大のチョコレートの祭典サロン・デュ・ショコラで最優秀賞を受賞したこともあります。

雨宮は子育ての合間を縫って仕事も続けていて、エッセイの執筆や、2003年パリで行われた世界陸上選手権中継の現地キャスターを務めています。

その後もTBSの紀行番組やドキュメンタリー番組を中心に出演し、TBS在籍時代に担当していた”チューボーですよ”にゲストとして6回の出演を果たし辛口の採点をしてMCの堺をがっかりさせています。

番組出演のために一時帰国する際にはベビーシッターを雇い子供たちを預けています。

最初はベビーシッターを頼むことに不安や後ろめたさを感じていましたがフランス人にとっては当たり前のことであり、仕事だけでなく、観劇やディナーを楽しむ時にもべビーシッターを頼む感覚を次第に理解できるようになっていきました。

今ではママ友とランチや買い物をする時にもベビーシッターを頼むことに抵抗がなくなりました。

パリの狭い日本人社会の中で、中山美穂と雨宮塔子は別格の勝ち組として認知されていて、時に嫉妬の対象にもなっていました。

一方でママ友たちとの豪華なランチやディナーや、高級食材や調度品などの買い物の様子は、雨宮のエッセイのネタに直結しており、やめるわけにはいかない仕事になっていました。

そんな妻の様子に次第に夫の青木が苛立つようになり、喧嘩の種になっていきます。

雨宮のほうは子育てに一切協力せず、仕事で毎月日本に帰ってしまう夫が信じられず、いつしか夫がいない生活が当り前と感じるようになっていきました。

パリの日本人社会のセレブリティであったはずの雨宮と青木の夫婦関係は次第に崩壊に向かっていきます。

2013年の夏頃から雨宮と青木は離婚に向けて協議を開始、間もなく青木は家を出ていきました。

時を同じくしてもう一組のセレブ夫婦である女優中山美穂と芥川賞作家辻仁成の夫婦関係も崩壊し、2014年7月に離婚しています。

青木も雨宮も離婚そのものに異論はなく、双方が代理人を立てて離婚のための条件を話し合いました。

フランスの法律に従って親権は共同で持ち、青木は雨宮に結婚当時と同じ生活水準を保証する、さらに子供の養育費も一定の負担をするなど青木にとっては厳しい条件で2015年3月正式に離婚が成立しました。

それから半年後、青木と30代の一般女性N(上田奈歩?)さんとのスピード再婚が報じられます。

青木の再婚相手Nさんは福岡岩田屋三越の広報を10年以上も務めたやり手の広報ウーマンでした。

福岡の財界人にも美人広報としてよく知られていて、小柄でショートカットが似合って、抜群のスタイルの持ち主です。

2014年11月青木が福岡の岩田屋三越に出店する際に広報として関わったことで知り合いました。

青木がすぐにNさんに熱をあげ、熱心にアプローチをかけて彼女を振り向かせたようです。

青木はそのころ雨宮と離婚に向けた協議をしているさなかでした。

青木が考えていたより離婚協議が長引いてしまったことで、だいぶNさんから責められたようです。

青木と雨宮の離婚からおよそ半年たった2015年8月ようやく青木とNさんは再婚することになりました。

 Nさんのフェイスブックには、青木定治さんとの結婚報告が画像付きでアップされ、

長らくお待たせしました!  結婚しまーす

と青木との交際がもっと長かったことや不倫関係にあったことを暗示させるような文章も見られました。

一方の雨宮にもすでに新しいパートナーがいるという情報もあります。

その相手は子供たちのカンフーの先生だと言われています。

ただ多感な時期を迎えている子供たち(長女13歳長男11歳)の気持ちを考えて、雨宮には再婚するつもりはないようです。

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NEWS23のメインキャスターの後任を巡って迷走を続けたTBS

2016年6月TBSは夜のニュース番組”NEWS23”のメインキャスターに雨宮塔子を起用することを発表し世間を驚かせます。

昨年(2015年)7月、10年間にわたり”NEWS23”のサブキャスターとメインキャスターを務めてきた膳場貴子が3度目の結婚と妊娠を番組内で報告。

その4か月後の11月20日には、なるべく早期に復帰したいと伝えたうえで翌週から産休に入ることを報告しました。

ところが一部スポーツ紙が

膳場サイドがTBSに対し、”NEWS23”を2016年3月で降板したいと申し入れた

と報じたことで事態は紛糾します。

膳場の産休に乗じてTBSが膳場を”NEWS23”から降板させようと考え、不穏な動きを見せていることを敏感に感じ取っていた膳場は即座に、

責任と愛着を持ってやってきた仕事です。降板の申し入れはしておりません

このような誤報を、たいへん残念に思っています

とフェイスブック上で反論しました。

2016年3月をもって膳場を”NEWS23”から降板させたいのは一方的なTBSの方の都合でした。

一つの理由は制作費の削減、もう一つの理由は内容面で首相官邸からの圧力を恐れたからです。

すでに膳場のギャラは1本100万円にまで高騰していて、年間にして2億5000万円以上かかっていると言われています。

膳場を降板させて自社の社員に差し替えることができれば、番組制作費を大幅にカットできるともくろんだわけです。

もう一つは報道ステーションやNEWS23の反安倍政権に偏った番組制作姿勢に、官邸サイドが激怒、放送免許の許可を取り消すことまで高市総務大臣に言及させ、なりふり構わずあからさまに放送局に圧力をかけはじめたことにTBSの上層部が危機感を持ったからです。

女性とはいいながら膳場は故筑紫哲也氏の遺伝子を継ぐ硬派のジャーナリストとしての矜持を持っています。

2013年からキャスターに就任した元毎日新聞主筆の岸井成格(きしいしげただ)も誇り高きジャーナリストです。

さらにTBSの報道担当役員は岸井との関係が深く、岸井の反権力の姿勢を評価している一人です。

これらに危機感を感じたTBSの上層部はまず岸井の2016年3月での降板を決定します。

次のターゲットである膳場との降板交渉は水面下で始まり、難航を極めますが、膳場が2016年3月に”NEWS23”を卒業し、4月から土曜の夕方放送の報道特集に転身することで事態を収束させることに成功しました。

膳場にとっては大幅な減収になりますが、おそらくラジオ番組のレギュラーなどを追加で配慮するような条件も提示しているはずです。

2016年1月26日、TBSはかねてからのもくろみ通り自社の局アナである小林悠アナを4月からのメインキャスターに起用することを発表します。

小林アナには年明け早々内示をしていました。

ところが2月に入って小林悠と元実業家のA氏との不倫疑惑が報道されてしまいます。

当初TBSはこの報道を黙殺するつもりでいました。

ところが小林がこの報道に過剰に反応し健康を崩してしまったのです。

当時小林はそれまでの激務ですでにいっぱいいっぱいになっていて、とても”NEWS23”のメインキャスターを引き受けられる健康状態ではありませんでした。

精神的に追い詰められていた小林はそのことを話すという冷静な判断さえできない状態だったのです。

そのことに気付いたのは交際相手のA氏でした。

小林の異変を感じとったA氏は、すぐに病院での受診を進めます。

その結果小林に下された診断は”適応障害”という重いものでした。

皇太子妃雅子さまが適応障害であることをカミングアウトされたことでこの病気は広く知られることになりました。

雅子様の様態が長年にわたり一進一退を繰り返していることでわかる通り、この病気の治療には長い期間の安静が必要です。

そのため小林が出した結論はTBSを退社することでした。

この事情が明らかになったのは3月4日小林がTBSを電撃退社してから10日あまり経過した16日発売の週刊文春の小林アナの独占インタビューによってでした。

それまで小林アナは、不倫をしていたにもかかわらず、”NEWS23”のメインキャスターを引き受けてしまった責任をとってTBSを退社したのだと誤解されていたのです。

この世間の風潮にどうしても納得できなかった小林が、弁護士同伴で週刊文春のインタビューを受け、事実を公表したものです。

A氏と小林の交際は事実でしたが、A氏は妻帯者ではなく独身であり、二人の交際が不倫ではないこと、小林にとっては大切な存在であることも明かされました。

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4月からの”NEWS23”のキャスターには朝日新聞特別編集委員の星浩が起用されていましたが視聴率は4~5%で推移、裏番組のNTV”NEWS ZERO”の半分に甘んじています。

この状況を改善するには星一人では荷が重く、膳場が去ったあとを埋める女性キャスターの起用はTBSにとって待ったなしの状況になっているのです。

自社の女子アナ起用をあきらめたTBSは再び外部からの招聘を画策します。

候補にはTBSラジオで帯のレギュラーを持っている赤江珠緒(フリー)の名前も挙がっていたようですが不調に終わりました。

ここでキャスター候補として急浮上したのがパリ在住の雨宮塔子だったのです。

雨宮の名前が候補に上がりすぐに調査がおこなわれましたが意外にも雨宮の好感度はかなり高く、報道での実績はそれほどなかったものの安定したアナウンス技術は局内でも高く評価されていました。

2015年末の”報道の日”の雨宮のキャスターとしての評判が良かったことも起用の決定に影響を与えたようです。

二人の子供がいてシングルマザーになったばかりの雨宮はこのオファーをいったんは断っています。

しかしもう後がないTBSはなんとしてもあきらめきれず雨宮の説得を続けます。

そんなTBSの味方をしたのはなんと雨宮の二人の子供たちでした。

自分たちのために素晴らしいチャンスをあきらめてほしくない

というのが子供たちの気持ちだったのです。

長女13歳、長男はまだ11歳ですが、雨宮が考えているより子供たちははるかに大人だったようです。

雨宮が日本に単身赴任している間は、共同で親権を持っている元夫の青木が引き取って面倒をみることが決まりました。

このことに青木の現在の妻であるNさんは激怒しているという噂があります。

二人の子供を放り出して、一人日本に帰国してしまう雨宮の神経はとても理解できないとも言っているようです。

青木と雨宮の離婚の条件で経済的に苦しくなり、自分たちの子供はあきらめているのに、あまりにも身勝手な仕打ちだと憤慨しているとも伝えられています。

一方青木が子供たちの面倒を見ることの見返りに、雨宮から青木になにがしかの経済的な支援(養育費の支払い)が約束されているという噂もあります。

本来は10月の改変期から参加するのが普通ですが、TBSは7月末からなりふり構わず雨宮を投入することを決めました。

かつて看板女子アナだった小林麻耶を強引に夕方のニュース番組のキャスターに起用して大コケさせた苦い過去を持つTBSの報道局。

その二の舞にならないことを祈るばかりです。

雨宮がTBS退社してからすでに17年が経過しています。

雨宮塔子の”NEWS23”メインキャスターへの転身が吉と出るか凶とでるか、その結果は間もなくはっきりすることになります。

報道にさほど実績をもっていない雨宮に番組の命運を賭けなければならないほど追い詰められているTBS。

二人の子供をパリに残してキャスターに挑む雨宮搭子。

どちらにとっても危険な賭けであることに違いありません。


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