SMAP解散の真相の真実、ジャニーズ事務所内の権力争いと木村拓哉の裏切りが原因だった

SMAP×SMAPでの謝罪会見で解散という最悪の事態は回避されたと思われた国民的アイドルグループのSMAP。ところが2016年8月14日未明、ジャニーズ事務所は突然2016年12月31日をもってSMAPを解散することを発表します。通常グループの解散についての公式発表では、解散の理由については、グループに対する方向性の違いとか、音楽性の違いとか、メンバー間の軋轢には触れない理由を立てるのが一般的です。

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ジャニーズ事務所内の権力争いがSMAP解散騒動に発展

タレントが離婚理由を性格の不一致とするのと同じ考え方です。

ところが今回ジャニーズ事務所がマスコミ各社に送ったFAXには、解散を回避しようと事務所が努力したこと、それにメンバーの何人かが応じようとしなかったことなどが詳細に記されていました。

メンバーの個人名こそ出してないものの、いままでの騒動の経緯から、解散を主張したメンバーがだれであるかを容易に特定できる内容になっていました。

さらに、解散発表に際して本人たちの記者会見は行わず、その代わりなのか、メンバーそれぞれからの解散についての思いのようなコメントが発表されています。

元はと言えばこの騒動は、文芸春秋による2015年1月のメリー喜多川副社長(ジャニー喜多川社長の実姉)へのロングインタビューに端を発しています。

当時ジャニーズ事務所の所属グループのほとんどは、メリー喜多川副社長の実の娘である藤島ジュリー景子氏と、チーフマネージャー飯島三智氏の2人に担当が割り振られていて、それぞれが実力や人気を競い合うような状態になっていました。

このようなことは一般企業でもよくあることで、各事業部に新製品の開発や売り上げの増加を競い合わせて、経営幹部がそれぞれをうまくコントロールすることで、企業を成長させていくのは極めて当たり前な戦略なのです。

だがこの戦略には落とし穴があります。

事業部間の競争が度を越し、社内での単なる派閥争いになってしまう危険性をはらんでいるのです。

事業部間に無用な対立や軋轢が生まれ、時には憎しみさえ生み出すことになるのです。

経営幹部の仕事は、事業部間の競争のありように細心の注意を配り、それが単なる派閥争いにならないようにすることです。

かつてジャニーズ事務所の一介の事務員にすぎなかった飯島氏が、小学生だった香取慎吾ら6人(のちのSMAP)を預けられ、経験のないタレントマネジメントの仕事を始めたのは1988年のことでした。

この時点でいかにその6人が期待されていなかったがよくわかるエピソードです。

メリー喜多川副社長も彼らは売れないと判断した一人でした。

SMAPメンバーをスカウトしたのはジャニー社長自身だがそれぞれのマネージメントを社長自らがやるわけではありません。

メリー氏が売れないと判断した6人の担当を、マネージャー未経験の飯島氏にしたのは、結果としてジャニー氏の慧眼のたまものであったといえます。

飯島氏はジャニー社長の助言を受けながら、SMAPの売り込みに奔走し、マネージャーとしての才能を開花させて行きます。

SMAPを成功に導いたことで飯島氏の評価は上がり、他のグループKis-My-Ft2、NEWSから独立した山下智久、Sexy Zoneなどが飯島氏に預けられることになりました。

飯島氏のタレントプロモートのやり方は、良くも悪くもジャニーズ事務所のやり方そのものでした。

SMAPの人気をフルに活用し、いわゆるバーターを押し込むのは当たり前。

このこと自体は他の事務所も普通に行っていることで、ジャニーズ事務所だけが非難されるいわれはありません。

ただジャニーズ事務所は、ライバルグループを徹底的に排除するという冷酷な戦略で、多くの他のプロダクションの男性グループを潰していったと言われているのです。

Da PUMPがその筆頭格で、Da PUMPが出演する番組にはジャニーズタレントを出演させないと放送局に圧力をかけ、逆にジャニーズタレントが出演する番組にはDa PUMPを出演させないなど徹底してつぶしにかかったのです。

W-indsもその被害者のひとつで、彼らがアジアに活路を求めたのにはこういう経緯があったためです。

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飯島氏の剛腕によって人気と実力を得たKis-My-Ft2、山下智久、Sexy Zoneをキャスティングしたい放送局の制作担当者は、どんどん飯島氏の意向に沿うようになっていきます。

飯島氏が力をつけたことで、ジャニーズ事務所の中でのマネジメントスタッフの力関係は大きく変化していきました。

飯島氏の能力を認めたジャニー社長が、飯島氏をチーフマネージャーに抜擢すると、にわかに社内に不穏な空気が流れ始めます。

マネジメントのトップであるはずの藤島ジュリー景子副社長とチーフマネージャー飯島氏がその力を競うような形ができてしまったのです。

そしてこのことを敏感に察知した民放各社は制作部門にジュリー担当と飯島担当の二人を置き、それぞれとのパイプを作ろうとします。

ジャニーズ事務所の中に2つの派閥が生まれたことの反映として、放送局の中にまで飯島派とジュリー派ができてしまったのです。

結果として両者はただ競い合うだけでなく、お互いの担当タレントを共演させないというライバルプロダクションのような関係にまでなってしまいました。

このいびつな関係に気付いた芸能マスコミはジャニーズ事務所に派閥争い勃発と面白可笑しく報じるようになります。

さらにジャニー社長が1931年10月23日生まれの84歳、メリー副社長はさらに上で1926年12月25日生まれの89歳と高齢なことから、ジュリー氏と飯島氏の派閥争いは、ジャニー社長の後継者争いと直結していると報じ始めたのです。

そして間が悪いことに、実力面では飯島氏のほうがジュリー氏より、まさっているという論調が多かったのです。

これを知ってジュリー氏の実母であるメリー副社長が激怒します。

一介の女事務員上がりのマネージャーが、自分の実の娘を差し置いてジャニー社長の後継者として語られるなど名門の出を自負するメリー氏の我慢できるところではなかったのです。

そして2015年1月、文芸春秋が企画したメリー副社長のロングインタビューで事件が起こります。

ジャニー社長の後継者問題と派閥争いについて質問した記者に対して、メリー副社長から爆弾発言が飛び出したのです。

派閥があるなら、それは私の管理不足。今日(飯島を)辞めさせます。私の娘が(会社を)継いで、何がおかしいの?

と言い放ったのです。

それでも怒りが収まらないメリー副社長はインタビューの最中にも関わらず、飯島氏を部屋に呼びつけます。

飯島、私はこう言います。対立するならSMAPを連れていってもいいから今日出て行ってもらう。あなたは辞めなさい

と文芸春秋の記者の面前で飯島氏に告げたのです。

このメリー副社長の一言でジュリー氏と飯島氏の派閥争いは、国民的アイドルグループSMAPの移籍という重大な問題に変質してしまったのです。

メリー氏の発言は激情に任せた、後先考えないものではあったものの、文芸春秋の記者の面前で発せられてしまったことで、取り返しのつかないものになってしまいました。

もとよりプライドが高いメリー氏には、この発言を撤回するつもりも、修正するつもりもありません。

事情を察知した飯島氏はすぐに行動を移します。

まずSMAPの5人の意思を確認しました。

メリー氏の言葉をそのまま伝え、自分と一緒にジャニーズを脱退をするかどうかを聞いたのです。

5人それを聞いて動揺しましたが、飯島氏と行動を共にすることに同意します。

次に飯島氏は、今日まで業界で培ってきた人脈を頼り、飯島氏とSMAPの身柄を引きうけてくれるプロダクションを捜し始めます。

飯島氏が頼ったのは芸能界のドンと呼ばれているS氏でした。

S氏は、自分に近いプロダクションである田辺エージェンシーと話をつけ、受け入れ準備を整えます。

メリー氏の方から飯島氏に対して、SMAPを連れて出て行けといったことを確認した上で、この話が義理を欠いた独立話ではないと判断したからでした。

これでマネージャー付きでのSMAP移籍のシナリオは完成したと思われました。

ところが思わぬところからほころびが出ます。

SMAPのメンバーである木村拓哉が移籍したくないと言い始めたのです。

木村ただ一人だけになってもジャニーズを脱退しないと言い出したのです。

木村のこの発言でSMAPの移籍話は、SMAP解散の危機へと性格が変わっていきます。

マスコミはSMAP分裂の危機という噂を聞きつけこれに関する記事を書き始めます。

当初木村が移籍に反対した理由は、売れたからといって勝手に独立するのは恩義に反すると考えるからだと伝えられました。

派閥争いに負けた飯島氏についていく形で移籍するのは、恩義あるジャニーズ事務所に対する重大な裏切り行為だという論調です。

木村だけが信義を守る正義の人で、飯島氏とSMAPの4人は恩知らずの裏切り者となってしまったのです。

これらの記事は明らかにジャニーズ事務所の意を汲んだ御用記事でした。

木村が移籍・独立に反対した本当の理由はほかにありました。

木村自身は1997年人気絶頂にあったころ、自身の写真集の出版を巡ってSMAPからの独立を画策しています。

この時はジャーズ事務所が大幅に譲歩したことで独立話は収束しました。

だから木村が独立そのものに嫌悪感を持っているはずはないのです。

木村が反対した理由は妻である工藤静香からの猛反対です。

工藤は2000年の木村とのデキちゃった婚に際して、飯島氏の猛反対を受け、中絶を迫られるなどの恐怖体験をしていると伝えられています。

事実中居正弘と一般人のOLとの妊娠騒動では、飯島氏の説得(一説では脅し)により中絶することになったとされています。

中居はこのことで自分を責め続け、生涯結婚はしないと決めています。

だから中居は、木村がデキ婚会見を開き、工藤との結婚を発表したとき、この会見のVTRを永久保存版だとはしゃぎ、木村を祝福しています。

しかしこのことが工藤と飯島氏の関係を決定的に悪化させ、のちにSMAP解散の引き金になるとは人生は実に皮肉なものです。

木村を溺愛するジャニー社長のとりなしでなんとか結婚に漕ぎつけた工藤にとって、この時の恐怖は忘れられない経験になっていました。

だから今回SMAPが独立したあと、ジャニーズからどんな報復が待っているのか想像もしたくなかったのでしょう。

もう一つは木村が将来ジャニーズの役員になることを約束されたからだとの噂があります。

現在現役アイドルでジャニーズの取締役になっているのは、近藤真彦と東山紀之の二人だけです。

SMAPのジャニーズ事務所への貢献度から考えれば、メンバーの誰か役員になっていてもおかしくありませんが、今までそんな話が出たことは一度もありません。

それはSMAPが飯島派だったからです。

今回メリー氏の暴走をなんとか止めたいと考えたジャニーズ事務所のある人物が、木村の将来のジャニーズ取締役就任を約束したと言うのです。

この提案は木村の妻の工藤にも伝えられたそうです。

この話を知って、工藤はさらに強く木村に残留するように圧力をかけました。

もはや木村にジャニーズ脱退の選択肢はなくなってしまいました。

木村に一人になってもジャニーズに残ることを決断させた理由は、信義の問題ではなく、恐怖と報酬からだったのです。

木村の心変わりを知った飯島氏は、移籍計画が水泡に帰したことを思い知ります。

まさか身内だと思っていたSMAPメンバーからの裏切りに遭うとは思ってもいませんでした。

全員そろって独立したとしてもSMAPを一定期間出演させないなどの放送局への圧力や、SMAPの商標を使わせないなど、ジャニーズ事務所からの攻撃材料はいくらでもありました。

それらは覚悟の上でも、5人そろってさえいればなんとか切り抜けられると飯島氏は思っていました。

それが木村が抜けた4人では商品価値はないに等しいのです。

結局S氏も手をひいてしまい、田辺エージェンシーへの移籍話は立ち消えてしまいました。

自身の完全な敗北を思い知った飯島氏は、自分一人がジャニーズ事務所を退社することを覚悟した上で、4人に対しては一転してジャニーズ事務所に残留するよう説得を始めます。

一緒に独立したとしても飯島氏と木村が抜けたSMAP4人を受け入れてくれるまともなプロダクションはないとわかっているからです。

4人に冷酷な現実をこんこんと説明し、連れてはいけないことを伝えました。

この事態に直面して、中居はできるだけ現実的に対処しようと決めます。

飯島氏が去ったあと、SMAPのリーダーとして(木村以外の)メンバーを守らなければならないと感じたからです。

特に心配だったのは、飯島氏を母のように慕っている香取慎吾でした。

飯島氏だけが事務所をやめなければならない現実を受け止められず、その落ち込みようは稲垣や草彅も心配するほどでした。

独立する当てがなくなった4人は、木村に引きずられるような形で、2016年1月18日の謝罪会見に臨みます。

リーダーでもない木村が真ん中に立って今までの経緯を説明し(木村自身は謝罪していない)、他の4人が死んだ目をしたまま謝罪するという、痛々しい会見でした。

この会見を受けて、ジャニーズ事務所の御用マスコミは。木村をSMAP解散の回避に一人で動いた立役者として扱う記事を書きました。

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しかしあの会見の不自然さ、理不尽さに気付いた多くの視聴者が異論を唱え始めます。

そもそもSMAPを飯島氏とともに追放しようとしたのはメリー副社長だったこと。

いったんは決まりかけたSMAPの移籍話がひっくり返ったのは木村拓哉の心変わりが原因だったこと。

これらのことを知ったファンは木村こそが裏切り者だと糾弾し始めたのです。

木村の人気はがた落ちし、ネットには木村批判の書き込みが溢れる結果になりました。

嫌いなジャニーズタレントランキング木村はダントツの1位になってしまいました。

そして香取の落ち込みはさらに悪化していきます。

木村の取締役就任の噂を聞いた香取はもう木村とは一緒にできないと思いました。

SMAPのことより、自己の保身に走った木村を絶対に許さないと心に決めました。

そして飯島氏が現実にジャニーズ事務所を退社し、接点がなくなったことで香取は精神のバランスを崩してしまいます。

不眠を訴え、ドラマの打ち上げの挨拶では、明日の朝死んでるかもしれないなど自殺をほのめかす発言までして周囲を心配させました。

飯島一人を退社に追いやった木村の裏切りに対する香取の嫌悪は極限に達し、同じ空気を吸うことさえいやだと思うまでになっていました。

5人が顔を揃えるSMAP×SMAPの収録は最悪の雰囲気の中で行われ、長年のスタッフでさえ収録に参加したくないと思わされるピリピリしたものでした。

飯島氏一人を切り捨てることに成功したジャニーズ事務所は、香取の慰留に努め、デビュー25周年コンサートの開催などを香取に持ち掛けます。

ここ数年SMAPのコンサートの企画演出は香取が担当していたのです。

しかし今の香取にはそんなことはとても考えられません。

香取の心の中のSMAP……飯島氏とメンバーとの二人三脚で作り上げた愛するSMAPはすでに崩壊してしまっていたのです。

当初は中居の説得もあって、事務所の意向に従うことに納得していた稲垣と草彅も、香取を心配して香取の気持ちを尊重したいと思うようになっていきます。

ジャニー社長は、自分が説得に乗り出せばメンバーは言うことを聞くはずだと高をくくっていたようです。

(解散することは)ないですよ。
大体が小学校のときからやってるから。
自分のこと、向こうも親と同じように考えているし。
僕は全部、全面的に彼たちを信じているし、彼らだってそうだし。
ウソついたって何したって、すぐ分かる。
彼らも分かっていますよ。

しかしジャニー社長の言葉も香取の冷え切った心を溶かすことはできません。

SMAPの分裂は誰にとってもいい結果にならないと考えている中居は、プライベートではメンバーと付き合わないというポリシーを捨てて、香取、稲垣、草彅との話し合いを重ねました。

事務所側もそれぞれのメンバーとの面談を重ねます。

それでも頑なに25周年コンサートや歌番組への出演を拒否する香取に事務所がついに音を上げます。

4人一緒の面談の中で、事務所はSMAPの活動を当面休止することを提案します。

冷却期間をおいて、香取の態度を軟化させることが狙いでした。

事務所からの度重なる説得にあって、5人はやむなくこの休止案に従うことで合意しました。

事務所は取りあえずSMAP解散という最悪のシナリオは回避できたと安堵しました。

ところがその数日後の8月10日に香取を含む4人がジャニー社長に面会を求めます。

香取は、

休止を発表すれば、復活はいつになるのかとファンは期待を持つ。

でも今の状態では復活することは考えられない

今の状態ではファンの期待には応えられない

休止するなら解散したい

もうSMAPとして活動したくない

とジャニー社長に言い放ったのです。

その場に同席した中居も驚く内容でした。

事ここに至って事務所も香取の説得を諦めざるを得ませんでした。

翌11日事務所で執行役員会議が開かれSMAP解散が正式に決定されました。

その日木村は長期の夏休みを取って、家族でハワイに滞在中でした。

自分が不在中にSMAP解散が決まったことを知って衝撃を受けます。

もはや自分は他の4人から仲間だと思われていないのだという事実をつきつけられた思いでした。

解散を知らされたた妻の工藤もひどく動揺したと言います。

SMAPが解散したら、木村の取締役就任の話も白紙になるかもしれません。

そして8月14日未明のSMAP解散が正式に発表されました。

その発表コメントでも事務所は自ら描いたストーリーをにじませます。

SMAP解散は特定のメンバーが強く望んだことである

事務所は解散回避のためあらゆる努力をしてきた

ということが読み取れる内容になっていました。

 報道関係者各位

弊社所属アーティスト「SMAP」今後のグループ活動につきまして

いつもSMAPをご支援頂き、有難うございます。これまで皆様に大変ご心配をお掛けしておりましたSMAPの今後の活動につきましてメンバーと協議を重ねた結果をご報告させて頂きます。またメンバーの意思を尊重し、書面でのお知らせとなりましたことをお許しください。

デビューより25年間アーティストとしてグループ活動をして参りましたSMAPは2016年12月31日を持ちまして解散させていただくことになりました。本年1月にSMAPメンバーより事務所に残りグループ活動を存続させたいという意向を受け、事務所一丸となってSMAPをサポートするべく各部署で様々な準備を進め、2月より8月10日までの半年以上の時間をかけて個々のメンバー並びに全員と面談を重ね、例年通りの音楽番組への出演、ファンへの感謝をこめたコンサートの開催、更には冠番組の20周年とCDデビュー25周年を記念したイベントの企画等を提案し、協議を進めて参りました。しかしながら議論を続ける中で「今の5人の状況ではグループ活動をすることは難しい」というメンバー数名からの要望を受け、7月の音楽番組を辞退させて頂いた経緯がございました。8月に入り、待っていて下さる方々の為にも、落ち着いて考える時間を持ち、前向きな状況が整うまでグループ活動を暫く休むことを提案致しましたが、メンバー数名より「休むより解散したい」という希望が出たことを受け、苦渋の選択ではございますが、これまで一生懸命に走り続けた彼らの功績を尊重し、全員一致の意見ではないものの解散したいと考えるメンバーがいる状況でのグループ活動は難しいと判断し、本日の御報告となりました。

25周年のコンサートやイベントを待ち望み応援してくださっているファンの皆さま、そして彼らを今日まで支えてくださった関係者の皆さまのご期待に応えることが出来ず本当に心苦しく、私共の力不足をお詫び申し上げます。誠に申し訳ございません。

本年を持ちまして、SMAPは解散させていただくことになりますが5人それぞれの所属が変わることはなく、より一層個人活動につきましては精進して参ります。彼らの活動を、これまで同様温かく見守っていただけましたら幸いです。今後ともご支援とご鞭撻の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

株式会社ジャニーズ事務所

さらにメンバーから直接の解散の説明を許さず、メンバーの個人名での短いコメントを発表させました。

事務所の描いたストーリーに矛盾しない内容のコメントです。

SMAP解散についてのメンバーのコメント

中居正広
「ファンの皆様、関係各位の皆様、我々SMAPが解散する事をご報告させて頂きます。ご迷惑をお掛けしました。ご心配をお掛けしました。お世話にもなりました。このような結果に至った事をお許しください。申し訳・・・ありませんでした・・・」

木村拓哉
「この度の『グループ解散』に関して、正直なところ本当に無念です。でも、25周年のライブもグループ活動も5人揃わなければ何も出来ないので、呑み込むしかないのが現状です。沢山の気持ちで支えて下さったファンの方々、スタッフの皆さんを無視して『解散』と言う本当に情け無い結果になってしまいました。今は言葉が上手く見つかりません」

稲垣吾郎
「ファンの皆様、スタッフ関係者の皆様、この度はご心配ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございません。今の状況で五人での活動は難しいと思い、辛い決断ではありますが『解散』という形を取らせて頂く事になりました。どうか僕達の意思をご理解頂けたらと思います。28年間本当にありがとうございました」

草彅剛
「この度僕たちSMAPは解散する道を選びました。いつも応援してくれたファンの皆様、支えてくれた関係者の皆様、グループ結成から28年間本当にありがとうございました。今後も精進して参りますので引き続き、温かく見守って頂けると嬉しく思います」

香取慎吾
「ファンの皆様、そしてスタッフ関係者の皆様。僕らSMAPは解散いたします。応援して下さった沢山の方々に心より感謝申し上げます。そして突然のお知らせとなりましたこと、深くお詫び申し上げます」

中居のコメントにはリーダーとして、解散という最悪の結果を回避できなかったことについての謝罪の言葉しか並んでいません。

木村は解散することに納得してはいず、スタッフやファンの思いを無視したメンバーに押し切られての解散だと強調しています。

稲垣はSMAPの現状が活動を続けられる状態ではないことを説明したうえで、解散を選んだと述べています。

草彅は解散の経緯には触れず、今までの感謝を述べています。

香取はファンに対する感謝と突然の解散発表に対しての謝罪が述べられています。

1月18日の会見でも木村は謝罪の言葉を述べていませんが、解散発表に際しても、謝罪の言葉は一切語っていません。

解散の責任は他のメンバー(香取慎吾)にあるとして、自らには責任がないことを強調しているのです。

木村が謝罪しないのは、もし謝罪すれば解散の責任が自分にあることを認めることになり、それは同時に木村を裏切り者だと考えている香取の主張を認めてしまうことになるからです。

香取が木村をひどく嫌悪していることを知っているからにほかなりません。

ファンの木村離れは加速していて、今後の木村の芸能活動に影を落としています。

今の香取には今後のことを考えている余裕はありません。

深刻な飯島ロスを乗り越えられず、このまま引退ということまであるかもしれません。

中居もジャニーズ事務所内では針の筵(むしろ)状態ですが、事務所の外に中居を応援する人がたくさんいることが救いです。

稲垣、草彅が今後どんな風に事務所の中で処遇されるかは不透明です。

SMAPが解散発表した今、メンバーがジャニーズ事務所に在籍し続けるメリットはあるのでしょうか?

積極的なメリットはないでしょう。

しかし契約更改を拒否して独立したとしても、ジャニーズ事務所が活動を全力で妨害してくることは火を見るより明らかです。

木村を切り崩して飯島氏一人を切り捨てたジャニーズ事務所の手口は見事なモノでした。

ただ芸能界を引退しても良いとまで思い詰めている香取には何も怖くありません。

一方解散したSMAPのメンバーを事務所に在籍させておくメリットはあるのでしょうか?

勿論今までの対立を水に流して、それぞれのソロでの活動をバックアップするというハッピーな未来もなくはないでしょう。

事務所サイドは4人が事務所を辞めて、他の事務所で活躍されたり、ジャニーズ事務所の批判をしたりされるより。事務所内で飼い殺し状態に置いておくほうがましだと考えています。

国民の多くに人々から愛され、親しまれてきたアイドルグループSMAPは。結成から28年(デビューから25年)に渡る活動を今年の12月31日をもって終了します。

国民的アイドルグループを解散に追い込んだのはジャニーズ事務所のトップの狭量さです。

一代で築かれた同族企業は、後継者問題でしばしば失態を犯します。

ジャニーズ事務所は、まだ起こってもいない後継者争いをマスコミに煽られて、芸能界の宝であるSMAPを解散に追い込んでしまいました。

人生のいろいろな局面でSMAPの歌う歌に励まされ、慰められた人はたくさんいます。

それを崩壊させた事務所の幹部の責任は重いと言うほかありません。

自らの保身を優先して恩人と仲間を裏切った木村の責任も軽くはありません。

今は香取慎吾が、心の平静を早く取り戻し、少しでも笑顔を見せてくれることを願うばかりです。

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