團遥香のセレブぶりが凄すぎて笑える。小1でお年玉30万円、洗顔は年数回?

NTVの朝の情報番組”ZIP”のレポーターとして知られる團遥香に注目が集まっています。高祖父は三井財閥の総帥團琢磨、祖父は作曲家でエッセイストの團伊玖磨、父は建築家團紀彦という超セレブな家系。代々親の職業は継がないという家訓を守りつづけながら、それぞれの分野で名を成しているところがさらにスゴイ。團遥香もまだ学生ですが、女優・モデル・レポーターとして自らの道を切り開いています。

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團遥香の家系が凄すぎて笑えるレベルな件

女優でタレン、NTVの朝の情報番組”ZIP”のレポーター(木・金)として活動している團遥香。

東京都出身、1993年6月2日生まれの23歳です。

大学在学中ですが、学校に迷惑が掛かると言う理由で大学名は公表されていません。

ネットでは白百合女子大学であるという情報が最も有力ですが、聖心女子大、学習院大、フェリス女学院大などのセレブ御用達しの大学も候補に上がっています。

姉飛鳥がいますが、芸能活動はしていないため、ほとんど情報がありません。

唯一YAHOO知恵袋の近況質問に対して”北海道にいます”がベストアンサーとなっているだけです。

祖父團伊玖磨のエッセイ”パイプのけむり”では、孫の飛鳥・遥香姉妹の可愛らしい様子がしばしば取り上げられています。

團遥香の凄さはその家系の半端ないセレブぶりにあります。

その原点は、歴史の教科書に出てくる高祖父(祖父の祖父)男爵・團琢磨(1858ー1932)まで遡ります。

福岡藩の下級藩士、馬廻役神尾宅之丞の四男として生まれましたが、藩の勘定奉行團尚静の養子となったことで運命が変わります。

わずか14歳の時旧福岡藩主黒田長知のお供をして岩倉使節団に同行して渡米、そのまま米国に留学、あの名門マサチューセッツ工科大学鉱山学科を卒業して帰国します。

母国で教職に就き、東京大学工学部の助教授(工学・天文学)などを歴任したのち、時の政府に鉱山学の知識をかわれ、工部省に入省します。

鉱山局次席、更に三池鉱山局技師となりますが、採炭技術の習得のために渡欧し、1888年に三池鉱山が政府から三井に売却された後、そのまま三井に移り、三井三池炭鉱社事務長に就任しました。

琢磨の手腕により三井炭鉱は三井銀行をしのぐ利益を上げるようになり”三井のドル箱”と呼ばれ、、三井財閥形成の大きな原動力になりました。

1914年益田孝の後を継ぎ、三井財閥の総帥(そうすい)となっています。

▼九州新幹線新大牟田駅前に立つ團琢磨の銅像

1932年三井銀行本店前に財閥の経済支配に反対していた血盟団員菱沼五郎暗殺されてしまいます。

この事件は”血盟団事件”として歴史の教科書に載っています。

2016年9月團遥香が”指原カイワイズ”に出演した際、團琢磨のことを三井財閥の創始者だと語っていますが、それは正しくありません。

遥香は團琢磨が三井財閥の総帥であったことを知り、総帥(そうすい=全軍を指揮する人、総大将のこと)を”そうし”と読んでしまい、琢磨が三井財閥の創始者(そうししゃ)だと勘違いをしているのです。

遥香の天然ぶりを示すエピソードのひとつでしょう。

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琢磨の長男團伊能(いのう)(1892ー1973)は東京大学の美術史学科に学び、アメリカ・ヨーロッパに留学、ハーバード大学(米国)、ロンドン大学(英国)、リヨン大学(フランス)に学び、帰国後は東京大学で教鞭をとりました。

のちに参議院議員を経て、ブリヂストン自転車工業(現ブリヂストンサイクル)社長、プリンス自動車工業(現日産自動車)社長、九州朝日放送会長を歴任しています。

團伊能の長男團伊玖磨(いくま)(1924ー2001、クラシック音楽の作曲家でエッセイスト)が遥香のおじいちゃん(祖父)です。

童謡”ゾウさん”やラジオ体操第二の作曲で知られ、皇太子夫妻のご成婚に際しては”祝典行進曲”を作曲しています。

▼團伊玖磨が指揮する祝典行進曲(洗足学園大学)

そのほか映画音楽やオペラなども多数手がけていて、祖父のオペラの演奏会を見た後、楽屋を訪ねると、そこに天皇陛下ご夫妻がいてビックリして、お爺ちゃんは普通のひとじゃないいんだと知ったと語っています。

伊玖磨は名エッセイストとしても知られており、1964年”アサヒグラフ”で開始したエッセイ”パイプのけむり”が好評で、2000年に同誌が休刊するまで、実に37年の長きにわたる連載となりました。

孫の飛鳥(遥香の姉)、遥香が生まれてからはパイプのけむりに姉妹の可愛らしい様子がしばしば取り上げられています。

遥香にとっては優しいお爺ちゃんでしたが、明治生まれの頑固一徹さを持っていて、自分の苗字である”團”を”団”と書いて送ってきた郵便物は一切開封しませんでした。

大の犬嫌いで、南極探検隊のタロ・ジロを題材にした感動的映画の作曲依頼も断っています。

蛇が好きで自宅で飼育したいたこともあるようで、やはり変人であったかもしれません。

パイプたばこは大好きでしたが、酒は一滴も飲めませんでした。

太宰治の作品が大好きでしたが、知人を介して面会のチャンスがあったものの、太宰が團が下戸であることを知り、酒も飲めないやつとは会う気がしないという理由で断られてしまいました。

伊玖磨が生涯で一度だけ酒が飲めないことを悔やんだ出来事でした

伊玖磨の次男で建築家の團紀彦(1956~)が遥香のお父さんです。

コレド室町や、台湾国際空港、表参道KEYAKIビルなどが代表的作品で、内外の建築賞に輝いています。

紀彦が父伊玖磨のアトリエとして設計した八丈島の別荘は、観光スポットになっていて、八丈島で知らない人はいません。

テニスコート2面以上の広さを持つ中庭では、毎年夏に團家主催の花火大会が催され、地元の子供たちが招待され、別荘の屋上の特等席で花火を見るのが恒例です。

父紀彦はこの花火大会のために、わざわざ部下に花火師の資格を取らせています。

この中庭では祖父伊玖磨主宰のオペラや演奏会もたびたび行われています。

遥香が7歳の時、祖父の伊玖磨が亡くなりました。

伊玖磨の死はNHKのニュースでも取り上げられ、葬儀には時の総理大臣小泉純一郎が弔問に訪れています。

伊玖磨の死後、この別荘は團伊玖磨の功績を偲ぶために遺品やアトリエを一般公開しています。

高祖父から父に至るまで、誰一人父親と同じ職業に就いていないのは、代々伝わる”親の力を頼らず、自らの力で道を切り開け”と言う家訓を守っているからです。

親族・姻族を含めると團家の家系のセレブぶりが良くわかります。

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團遥香の桁違いのセレブエピソード

小さいころから毎月のお小遣いはもらっていず、お正月に両親や親戚からもらうお年玉をやりくりして生活していました。

小学校1年生当時で一人1万円のお年玉を3~40人からもらい、それをやりくりして1年を過ごすのです。

現在は大学生ですので、一人1万円ということはないでしょうから、お年玉の総額は数百万円ということになるのでしょうか。

同じセレブ二世の有村崑が40歳になった今でも、毎年100万円のお年玉(銀行振り込み)を両親から貰っていることを思い出します。

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毎年のお正月のパーティにはいお鮨屋さんが自宅にガラスケースごとネタを持ってきてくれ、その場で魚をさばいて、鮨を握ってくれるので、大学生になるまで、お寿司屋さんがお店を構えていることを知りませんでした。

お風呂に入るのが苦手で、毎日入ってはいるものの、わきの下などの汗をかくところや、大事なところ以外は毎日は洗わないことをカミングアウトして周囲を唖然とさせています。

特に洗顔が大の苦手、すぐに目を開けてしまい、石鹸水が目に入り、目が真っ赤になってしまうので洗顔はあきらめました。

洗顔をするのは年に数回だけで、気合を入れて準備したうえで挑んでいます。

2010年高校生の時、渋谷109でスカウトされます。

2011年”古代少女隊ドグーンV”で女優デビュー、2012年貞子3Dで映画初出演、2015年には美輪明宏主演の舞台黒蜥蜴にも出演を果たしています。

残念ながら演技で注目されることはなく、2013年4月NTVの朝の情報番組ZIPのレポーターに起用されたことで、全国に名前を知られるようになりました。

DAIGOと同じで、育ちの良さがそのまま性格の良さになっているので、女優より、自分の素が出るタレントのほうが向いているでしょう。

最近遥香の家のセレブぶりが知られるようになり、本人が全くそれを鼻にかけない天然さが面白がられ、近年、”深イイ話”、”さんま御殿”、”指原カイワイズ”などのバラエティ番組からのオファーが相次いでいます。

バラエティ番組でスキルを磨いて、SHELLYやかつてのベッキー、指原のように、メインMCもしくはメインMCの横に立つアシスタントのポジションに立つことができるか、いま團遥香の前に”チャンスのしっぽ”が見え始めています。


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