宇多田ヒカルの新アルバムFantôme(幽霊)の正体は自殺した母藤圭子だった

サントリー天然水のCMで使われている宇多田ヒカルの新曲”道”が泣ける。自殺してしまった母藤圭子へのオマージュと自分自身を見つめるまなざしが前よりずっと穏やかに感じられる。サビの歌詞のリフが心に突き刺さってくる。活動を休止して、本人が望んだ人間活動をしていた時間が実を結んだのだろう。結婚して子供を授かったことで、亡き母への想いが、かつて苦しんだ時とは違う感情で見られるようになったのかもしれない。

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サントリーの南アルプスの天然水に提供された”道”のリフが心に刺さる

宇多田ヒカルが2016年9月28日、約8年半ぶりのオリジナルアルバム「Fantôme」(ファントーム)をリリースした。

その前、2012年にはずっと主題歌を担当していた映画である”エバンゲリオン新劇場版Q”に、活動休止から2年ぶりのオリジナル曲”さくら流し”を提供して話題になっていることは知っていた。

2016年4月にNTVの夜のニュース番組”NEWS ZERO”のテーマ曲に”真夏の通り雨”を提供してアーティスト活動を再開したのもわかっていた。

同時期にNHKの朝ドラ”とと姉ちゃん”の主題歌に”花束を君に”が採用され、本格的なプロモーションが始まったんだなと感じていた。

”花束を君に”は良い曲だが、覚えるにも、歌うにも、難しい曲だなというのが率直な感想だった。

だから同曲が収録されているアルバム「Fantôme」にもそれほど注目していなかった。

「Fantôme」(幽霊)というアルバムタイトルを聞いて、ずいぶん思い切ったタイトルをつけるなあと、深くその意味を考えることもしなかった。

それが最近見たあるCMをきっかけに衝撃を受けることになる。

サントリーの南アルプスの天然水のCMである。

宇多田ヒカル自身がリュックを背負った登山者の姿で、森の中を歩いて、裸足で渓流の中の岩に立ち、雨に打たれ、たき火を見つめて体をゆらし、朝になってふたたび険しい山道に挑み、最後に”ありがとう”と叫ぶ内容だった。

ドキュメンタリータッチの映像も美しく、何より宇多田自身が自然体であることに好感が持てた。

そして、そこに流れる宇多田ヒカルの曲”道”のリフを聞いて鳥肌が立った。

なんだこの魂の叫びのようなリフは!

リズミカルなメロに英語のリフを載せるのは、宇多田の伝統芸だが、今回のリフはそんな作為を吹き飛ばすほどの魂の叫びだと僕の心に深く突き刺さってしまったのだ。

早速”道”について調べてみた。

この曲もアルバム「Fantôme」に収録されていた。

作曲︰Utada Hikaru
作詞︰Utada Hikaru

黒い波の向こうに朝の気配がする
消えない星が私の胸に輝き出す
悲しい歌もいつか懐かしい歌になる
見えない傷が私の魂彩る

転んでも起き上がる
迷ったら立ち止まる
そして問う あなたなら
こんな時どうする

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
一人で歩いたつもりの道でも
始まりはあなただった
It’s a lonely、It’s a lonely 、It’s a lonely、It’s a lonely road
But I’m not alone、not alone、not alone、not alone
そんな気分

調子に乗ってた時期もあると思います
人は皆生きてるんじゃなく生かされてる

目に見えるものだけを
信じてはいけないよ
人生の岐路に立つ標識は
在りゃせぬ

どんなことをして誰といても
この身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でも
あなたの声が聞こえる
It’s a lonely 、It’s a lonely 、It’s a lonely、It’s a lonely road
You are every song、every song、every song、every song
これは事実

私の心の中にあなたがいる
いつ如何なる時も
どこへ続くかまだ分からぬ道でも
きっとそこにあなたがいる
It’s a lonely、It’s a lonely 、It’s a lonely、It’s a lonely road
But I’m not alone、not alone、not alone、not alone
そんな気分

宇多田ヒカルのオリジナル曲は事情があって掲載できないが、HINAさんのカバーでも十分にその素晴らしさを感じてもらえると思うので、ここに載せてみた。

この曲に書かれているあなたは、3年前に新宿のマンションから飛び降りて、自ら命を絶った母宇多田純子(元演歌歌手藤圭子)のことに違いないと直感した。

実母である藤圭子は、18歳で演歌歌手としてデビューし、一時代を築いたが、人気演歌歌手だった前川清との結婚、離婚を経て、父親のDVから母を守るために,母を引き取って歌手を引退している。

その後アメリカに渡り、2年後の1981年に復帰するもそれからはヒット曲に恵まれることはなかった。

その後音楽プロデューサー宇多田照實と再婚して1983年に長女宇多田光(本名)が誕生する。

ヒカルが幼いころから、ヒカルの天才ぶりを周囲に吹聴してまわっていたようだ。

周囲からは単なる親バカだとろうと、気にもされていなかったが、のちにヒカルの天才ぶりをまのあたりにして、驚くことになる。

母も演歌歌手(ブルース歌手)として若くして天才であったから、ヒカルの才能は母からの贈り物だったのかもしれない。

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しかし母はその後精神を病み、周囲を信じられなくなっていく。

その奇行ぶりに知人たちも彼女と距離を置くようになり、話相手がいなくなってしまった。

彼女は次第に苛立つようになり、その矛先は家族である夫照實と娘のヒカル向かうことになった。

2人は彼女が病気であることを告げて、治療を勧めるが、家族さえも信じられなくなっていた彼女は、頑なに病院へ行くことを拒んだ。

症状はますます悪化し、二人の手に負えなくなっていった。

浪費癖も有名で、思い立つとどこにでも一人で旅に出るようになり、ラスベガスのカジノで豪遊したり、ホストクラブに入りびたったりして、数十億と言われていた資産の大半を失うことになってしまった。

2006年にはアメリカのジョン・F・国際空港で、42万ドルの大金を所持していたことで、麻薬取引を疑われ、当局に全額を没収されたことが、日本のワイドショーに取り上げられ、話題になっている。

2009年にその疑いが晴れて返還されている。

2007年に夫照實と娘ヒカルとは完全に別居することに鳴ってしまった。

その後ほとんど音信不通であったが、時折思い出したように電話をかけてきた。

しかしその内容は、いつも一方的で、最後は喧嘩のようになるのがお約束だった。

物心ついてからのヒカルも、母のそんな状態に心を痛め、病院での治療を勧めるものの、聞いてはもらえず、無力感に苛まれる毎日だった。

2013年8月衝撃のニュースが世間を騒がせることになる。

藤圭子が新宿のマンションから飛び降りて自ら命を絶ったと言うニュースだった。

当時母は年下の男性と同棲していて、そのマンションの屋上から飛び降りたのだった。

母の死に向き合って、公式サイトで、次のようなコメントを発表しています。

「8月22日の朝」

8月22日の朝、私の母は自ら命を絶ちました。

様々な憶測が飛び交っているようなので、少しここでお話をさせてください。

彼女はとても長い間、精神の病に苦しめられていました。その性質上、本人の意志で治療を受けることは非常に難しく、家族としてどうしたらいいのか、何が彼女のために一番良いのか、ずっと悩んでいました。

幼い頃から、母の病気が進行していくのを見ていました。症状の悪化とともに、家族も含め人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました。私はただ翻弄されるばかりで、何も出来ませんでした。

母が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです。

誤解されることの多い彼女でしたが… とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。

母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

沢山の暖かいお言葉を頂き、多くの人に支えられていることを実感しています。ありがとうございました。(原文のまま)

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ヒカルの悲しみとともに複雑な感情を持っていることを感じさせるコメントだ。

実はこの時期のヒカル自身は2010年8月に”人間活動”に専念するという理由で、アーティスト活動を休止している状態でした。

親を喜ばすために始めて、そのためにだけ続けていた音楽活動。

▼母が元気なころの貴重な3ショット

ところが母は最初はそれを喜んでいたのに、精神を病んで次第に壊れていってしまった。

取り残されてしまったヒカルは、音楽活動を続ける意味を見失い、自らの境遇やメンタリティに危機感を持つようになる。

15歳で衝撃的なデビューを果たし、ずっとスポットライトを浴び続けてきた自分の人生に母の人生が重なり、危うさを感じてしまったのだ。

自分の人生はいびつで、人間として大事なことを経験できていないと感じたのだ。

これからやりたいこととして、外国語の勉強、ボランティア活動、普通の人として他人と接することなどを挙げている。

得意なこと(音楽)だけやっているとバカになるとも語っていた。

全てが母を反面教師にしているのではないかと思ってしまう内容だ。

インタビューに答えてこうも語っている。

〈そうっすねぇ……あんまり生きてる感じがしないんです〉
〈『何かをしたい!』とか、『何かを成し遂げたい!』とか、『遊びに行きたい!』とか、『これ食べたい!』とか、『おしゃれしたい!』とか、あんまないんですよ〉
〈元々積極的じゃないんですよ、人生に対して〉

『こうなって欲しい!』とか思わないから。『こうなって欲しい!』と思ってると、思い通りに行かない時に辛いじゃないですか〉

当時のヒカルが抱えていた心の闇がどれだけ深いにかを感じてしまう言葉だ。

その後ヒカルはイギリスのロンドンに渡り、一人の女性として”人間活動”に励むことになる。

ロンドンでは長期にわたりホテルに滞在していたが、そこには運命の出会いが待っていた。

ホテルのバーでバーテンダーとして働く、ヒカルより8歳年下のイタリア人のフランチェスコ・カリアーノさんと出会ったのだ。

ヒカルは音楽や芸術とは何の関係もない、普通の男性であるカリアーノさんと恋に落ち、再婚を決意する。

かれは一般的なイタリア人がそうであるように陽気で、家族思いで、温かい人柄だったのだ。

ごく普通の出稼ぎイタリア人が、バツイチの日本人女性と仕事場で出会い、恋に落ちて結婚に至ったのだ。

前夫紀里谷和明氏が、生粋のクリエーターで、ヒカルの才能にベタぼれし、ヒカルの才能に全霊を捧げようと決意して結婚に至ったのとは、真逆と言っていいほどの落差だ。

2014年5月、二人の結婚式は、カリアーノ氏の両親が挙式したというポリニャーノ・ア・マーレ市のサンタ・マリア・アッスンタ教会で行われた。

 

典型的な大家族のカリアーノ家に嫁いだヒカルには、すべてが新鮮で、心地よい温かさを感じるものだったようだ。

新しい家族について、《ご家族は、漫画に出てきそうな明るく賑やかな大家族です》と語っている。

結婚後も二人はロンドンで暮らしているようだ。

日本の関係者によれば、ヒカルは結婚したころから”母性”という言葉をよく使うようになったそう。

2015年7月ヒカルは念願だった男の子を出産する。

実は、2002年4月まだ19才だったヒカルに卵巣嚢腫が見つかり、左側の卵巣は直径5cmもの腫瘍で腫れ上がっていたため、手術で左卵巣を全摘出していたのだ。

だから今回の出産の喜びはひとしおなのだ。

妊娠中からイタリアの義両親がロンドンに駆けつけて、ヒカルをサポートしてくれてようだ。

出産後ヒカルはファンに向けて次のようなコメントを発表している。

ファンのみんなにお知らせ
みんなにお知らせがあります。
えー、この度、
うちに赤ちゃんが産まれました!

さらに続けて

妊娠中、新しいアルバムを制作してました。
完成までまだちょっと時間がかかりそうだけど、続きに取り掛かるのが楽しみで、
早くみんなに届けたいと思ってます。もう少し待っててね!

と綴っています。

妊娠中に制作に入っていたアルバムが今回の「Fantôme」(ファントーム)だ。

ヒカルは再婚して、新しい家族を得たことで、ようやく亡き母との関係を冷静にに見つめられるようになったのだ。

悩み苦しんだ母との確執、その呪縛からやっと解放されたのだ。

でもそれは母との関りを、なかったことにして記憶の彼方に追いやったわけではない。

むしろそれを自分の人生に必要なことだったと整理がつけられたということだ。

アルバムタイトルの「Fantôme」(ファントーム)はフランス語で”幽霊”を意味している。

子どもを出産してから前よりも頻繁に母親を思うようになったそうだ。

すると日常的に藤さんの『幽霊』が目の前に現れるようになり、『常に母親の存在を感じる』とも言っている。

子育て中、何をしていても悲しくなる時期が続いたこともあったと言う。

それらを乗り越えてこのアルバムは完成したのだ。

アルバムタイトルの「Fantôme」(ファントーム)の正体は、母親だったのだ。

収録曲の多くに母の存在を感じることができるのだが、その中でもっとも母との関係を直截的に示しているのが”道”である。

歌詞の中のいくつかのフレーズがそのことを表してしている。

悲しい歌もいつか懐かしい歌になる  見えない傷が私の魂彩る

私の心の中にあなたがいる  いつ如何なる時も
一人で歩いたつもりの道でも  始まりはあなただった

そして歌は魂の叫びともいえるリフにつながっていく。

It’s a lonely、It’s a lonely 、It’s a lonely、It’s a lonely road
But I’m not alone、not alone、not alone、not alone、
そんな気分

どんなことをして誰といても
この身はあなたと共にある
一人で歩まねばならぬ道でも
あなたの声が聞こえる


It’s a lonely 、It’s a lonely 、It’s a lonely、It’s a lonely road
You are every song、every song、every song、every song、
これは事実

このリフを聞いていると胸が締め付けられ、涙が溢れそうになる。

この歌は母の魂に捧げられた鎮魂歌なのだろう。

ヒカルの心は、いつも母の魂に寄り添っている。

それを感じさせる名曲だ。

このアルバムは、アメリカでたいしたプロモーションをしていないのに、全米のiTunesアルバム総合ランキングで3位にランクされるという快挙を成し遂げている。

 

 改めてアーティスト宇多田ヒカルの才能がワールドワイドであることを証明した形だ。

これからの宇多田ヒカルが、僕たちにどんな景色を見せてくれるのか、楽しみは尽きない。


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