薮下柊NMB48卒業を発表 アイドルからの幸せな卒業と不幸な卒業を考える

NMB48の次世代エースの有力候補と目されていた薮下柊が、自身の18歳の”生誕祭”の挨拶の中でNMB48からの突然の卒業を発表しました。今後は学業に専念し海外留学も視野に入れて、大学への進学を目指すようです。2011年12月、NMB48の3期生としてAKBグループに参加し、早くから注目を集め、握手会人気も高く、NMB48の次世代を担うエース候補と見られていました。順調にみえた薮下柊がアイドルからの卒業を決断した理由について考えてみました。

スポンサードリンク

NMB48の”クソガキ”と呼ばれた薮下柊

NMB48の3期生薮下柊’(やぶしたしゅう)、1998年12月2日生まれの18歳、大阪府豊中市出身、現在大阪学芸高校3年生です。(2017年1月現在)

実家はマンション1棟を所有するかなりなお金持ち、1~2階を住居として使用、他の階は賃貸しているそうです。

▼所有するマンションの1階と2階をぶち抜いて作ったらせん階段にて

両親、2歳下の妹の4人家族、祖父母はニュージーランド在住、父はカーマニアで、誰もが憧れる高級スポーツカーを所有、家族そろって熱狂的な阪神タイガースファンです。

柊(しゅう)という名前は、大ヒットドラマ”北の国から”で、宮沢りえが演じた”小沼シユウ”を見た父がその名前を大変気に入り、それをパクったのだと柊に語ったそうです。

両親、妹とも大の仲良し家族です。

将来の夢は女優になること、特技のピアノは5歳から7年間続けました。

声が大きい、物おじしない元気娘で、絶叫マシンも高いところも大好きです。

大舞台でもほとんど緊張しない、肝っ玉の持ち主と言われています。

2011年12月NMB48第3期生オーディションに合格、2012年2月29日に劇場デビューを果たしています。

2012年4月29日、3期生初公演で最前列中央に配置され、デビューから運営から期待されていることを感じさせました。

MCも達者で、大阪育ちのその鋭い突っ込みと毒舌がファンを沸かせてきました。

大先輩のメンパーたちにもしばしば毒舌を吐き、”NMB48のクソガキ”というあだ名を頂戴しています。

横山由依が衣装で真珠のネックレスをつけていたときに『由依さ~ん、豚に真珠ですね!!』

NMB48のエース山本彩には『顔がホームベースみたいやから野球させてくれ』

柏木由紀には『ゆきりんさん、朝より老けましたよね?』

それでもその人懐っこさから、誰からも嫌われることはなかったようです。

スポンサードリンク

アイドルからの幸せな卒業と不幸な卒業

2012年6月、5thシングル”ヴァージニティ”で初めて選抜に選ばれ、以降16thシングル”僕以外の誰か”(13thシングル”Must be now”を除く)まで不動のNMB48選抜メンバーとして活動してきました。

選抜総選挙では、第5回(2013年)49位、第6回(2014年)59位、第7回(2015年)60位と連続してランクインし、第8回(2016年)では39位と大躍進、低迷するNMB48の中にあって、次世代を担う有力なエース候補の一人と目されていました。

ところが2016年12月9日薮下柊18歳の生誕祭の舞台上で突然NMB48からの卒業を発表したのです。

▼生誕祭で卒業を発表する薮下柊

ファンには”寝耳に水”の卒業発表で、悲鳴が上がりました。

運営サイドからも、薮下柊の卒業を惜しむ声が上がっています。

アイドルとしての伸びしろがあり、これから活躍の場を広げていくことが期待されている中での突然の卒業発表でした。

13歳でNMB48に参加、アイドルとして6年間を過ごし、普通の人生では経験できないことを経験させてもらったことを感謝している

と語りました。

ただ今の自分にはアイドル以外にやりたいことがあり、もう一度学業に励んで、その夢を実現したいと思ったのが卒業を決断した理由だとも語っています。

卒業公演の時期も決まっていない段階でのあわただしい卒業発表の裏には、現在大阪学芸高校3年生で、来春の大学受験を見据えて、早めに準備にかかりたいという想いがあるようです。

NMB48では薮下柊と同い年で、大阪学芸高校の同級生であるNMB48の1期生木下春奈が2016年10月をもって卒業しています。

NMB48の人気メンバーで、高校の同級生だった二人が同じ時期に卒業することになりましたが、その実態があまりに対照的であることに気付かされます。

薮下柊はNMB48の6年間に、様々な経験をさせてもらった中で、着々と実績を重ね、ファンに愛され、運営の期待にも十分に応えてきました。

そのうえでの惜しまれながらの卒業です。

いわば未来に希望が見える”幸せな卒業”と言えるでしょう。

一方NMB481期生木下春奈は、12歳の小学校6年生でNMB48に参加、1stシングル”絶滅黒髪少女”から3作連続で標題曲シングルの選抜メンバーに選ばれたものの、第4作で選抜落ち、第5作でたった一度選抜復帰したものの第6作で再び選抜落ち、その後はついに選抜に復帰することはありませんでした。

選抜総選挙でも一度も圏内にはいることができません。

それでも木下のポテンシャルを信じた運営サイドは、バラエティ番組やドラマへの出演や阪神タイガースの応援団の仕事など、優先的に木下に仕事をあっせんしていました。

しかしそのどれでも爪痕を残すことができず、木下のモチベーションも下がり続けてしまいます。

すっかりやる気をなくした木下は、副キャプテン就任要請も断り、水着グラビアも拒否するなど、運営サイドと対立するようになってしまいました。

そしてとうとう2016年9月大学進学を理由にNMB48からの卒業を発表、10月21日の卒業公演、23日の握手会をもってNMB48としての活動を終了しています。

▼卒業を発表する木下春奈

木下春奈の卒業も薮下柊と同じく、大学進学を理由に挙げていますが、その実態は違います。

木下春奈は卒業させられたのです。

いや木下に残された選択肢は卒業しかなかったのです。

木下春奈卒業のきっかけとなったのは、評判の良くない13歳も年上の男性とのスキャンダルでした。

悪いことにその相手は元NMB48メンバー室加奈子の姉の室加代子の元夫秋田健太郎氏だったのです。

関連記事:NMB48木下春奈の不倫疑惑から見えるアイドルビジネスと恋愛事情

2016年4月、木下春奈が自身のインスタグラムにアップした手作りカレーライスの画像が発端で、秋田氏の元妻室加奈子さんが逆上、木下と秋田氏との不倫が離婚の原因だったと自身のTwitter上でほのめかしたのです。

現役女子高校生と31歳の元NMB48メンバーの姉の夫との不倫スキャンダル、NMB48の運営サイドは、この不倫スキャンダルを肯定することも、否定することもできず、しかし放置することももちろんできないという苦境にたたされます。

否定すればネットが炎上して騒ぎがさらに大きくなることは明らかです。

表立っては何のアクションも起こさなかったものの、裏ではAKBグループの総力を挙げ、電通の力なども借りてメディアに圧力をかけ、このスキャンダルを報道しないよう求めたと言われています。

木下自身もこのスキャンダルについてファンに謝罪することも、否定することも禁じられてしまいました。

木下の姉がネットで野妹に対するあまりのバッシングに耐えかねて、春奈擁護のコメントをツイートしますが(運営の指示で?)すぐに削除されています。

そしてほとぼりが冷めたと思われる約半年後の9月に卒業を発表しましたが、その実質は解雇と言ってもいいでしょう。

木下にとっても、このままNMB48に残ったとしても何も良いことはないとわかっているので、無理やり卒業させられたわけでもありません。

木下の祖父はパチンコ店のチェーンを全国で90店あまりを展開し、年商は2000億円に及ぶという、アンダーツリー株式会社の創業者木下春雄氏で、春奈の”春”は祖父の名から取ったもののようです。

薮下も木下も実家がお金持ちで、何不自由のない環境で育ち、12~13歳でNMB48に参加しました。

正式メンバーに昇格した当初から、ともに運営サイドの期待を担っていましたが、その後は対照的な道のりを歩んでいます。

選抜落ちし続け、やさぐれてしまったあげくの男性スキャンダルでファンをがっかりさせた木下春奈、彼女の卒業は未来のある幸せな卒業ではなく、スキャンダルが招いた不幸な卒業と言えるでしょう。

木下春奈卒業の2か月前の8月9日、NMB48のオリジナルメンバーで、山本彩とツートップを張っていた”みるきー”こと渡辺美優紀が卒業しています。

関連記事:渡辺美優紀 稀代の釣り師の卒業理由は”紙飛行機”?芸能界は引退か

”みるきー”も男性スキャンダルを引き起こしましたが、”みるきー”はNMB48にとって山本彩に次ぐ稼ぎ手でした。

運営サイドはスキャンダルの鎮静化を図ったうえで、なんとかNMB48にとどまるよう”みるきー”の説得を続けますが、運営に不信感を持っている”みるきー”は卒業後の見通しのないまま、それでも卒業を強行しています。

これもある意味”不幸な卒業”と言えるでしょう。

スポンサードリンク

AKB48では、小笠原茉由(22歳)と大和田南那(17歳)・西野美姫(17歳)が男性スキャンダルの発覚後、しばらく間を置いて卒業を発表しています。

AKS所属でまだ17歳の大和田と西野は卒業してしまえば、所属事務所もなくなってしまい今後芸能活動を継続することすら難しい状況になるでしょう。

まさに不幸な卒業といえます。

それとは対照的に、乃木坂46の深川麻衣は女優を目指すと言う夢の実現のために卒業を発表、卒業曲”ハルジオンの咲く頃”では最初で最後のセンターをつとめ、幸せな卒業を果たしています。

同じ乃木坂46橋本奈々未も卒業曲”サヨナラの意味”で最初にして最後のセンターをつとめ、卒業・引退を愛しむファンが握手会に殺到し、1日でさばくことができず、2日にわたって握手会がおこなわれるという事態になっています。

”サヨナラの意味”は乃木坂46初のミリオンセールスを達成し、橋本の卒業に華を添えました。

来年2月橋本奈々未は”幸せな卒業”を迎えます。

”幸せな卒業”が続く乃木坂46には勢いがあり、”不幸な卒業”が続くNMB48は低迷を続けています。

今回卒業を決断した藪下柊の卒業は決して”不幸な卒業”ではありませんが、有力メンバーが次々に卒業してまうNMB48にとっては”不幸な卒業”なのかもしれません。

AKB48グループは巨大化し過ぎてしまいました。

AKB48グループのビジネスに生活が懸かっている大人たちの数も膨大になっています。

総勢400人にも及ぶメンバーをかかえていれば、スキャンダルや事件は必ず起こります。

運営サイドにとって、それらを収拾するときの最も重要な基準はビジネスです。

決してその騒動にかかわったメンバーの”未来”や”幸せ”ではないのです。

あるメンバーの卒業がビジネスになると考えられれば、卒業の華やかな舞台が整えられ、”幸せな卒業”が用意されるのです。

不人気メンバーの男性スキャンダルが原因の卒業は、イメージダウンによるデメリットばかり、卒業ビジネスとしてのメリットもほとんどありません。

だから華やかな卒業の舞台が用意されることはありません。

そんな中でも薮下柊の卒業は、不幸な卒業続きのNMB48の中で、久しぶりの明るく”幸せな卒業”なのです。

薮下柊の未来に、たくさんの良いことが待っていることを願ってやみません。

関連記事:木崎ゆりあ生放送でAKB48からの卒業を発表 女優の夢を追いかけたい


コメントをどうぞ

メールアドレス (必須・公開されません)
コメント本文

  • 投稿いただいたコメントは、管理者のチェック後掲載しておりますので、即時には反映されません。