”井上和物語”~ポスト齋藤飛鳥を背負う”乃木坂46のシン・ミューズ井上和”は如何にして誕生したのか?~
”顔だけで人生を切り開いてきた”というセリフが”傲岸不遜”に聞こえないのは天性の性格の良さがその理由
井上和(いのうえ なぎ)、2005年2月17日生まれの21歳(2026年3月現在)、神奈川県鎌倉市出身。
県立大船高校2年の時に乃木坂46の5期生オーディションに応募、過去最多87,852人の応募者の中から、実に約7987倍の難関を突破、11名の5期生の1人として2022年2月1日にデビューを果たす。
デビューからわずか1年半で33rdシングル”おひとり様天国”(2023年08月23日リリース)のセンターに抜擢され、弱冠18歳にして”真夏の全国ツアー2023”の座長を立派に努めあげた。
2024年1月ラジオパーソナリティ就任、同年4月”乃木坂46”5期生”版 ミュージカル「美少女戦士セーラームーン」2024”で主人公・セーラームーン/月野うさぎ役を演じ、同年4月12日、ファッション誌『non-no』(集英社)の専属モデルに就任、同年4月22日リリースの1st写真集”モノローグ”を12.4万部売り上げ、オリコン年間BOOKランキング2025の写真集部門で1位を獲得した。
歌唱力と表現力、藝大生池田瑛紗をもうならせる絵の腕前、まさに”乃木坂46のミューズ”と呼ぶにふさわしい井上和。
デビュー以来数々の偉業を成し遂げてきた”アイドル界の逸材”井上和の原点は一体どこにあるのか?
彼女の幼少期から現在までを辿って、その軌跡を記録と記憶に残したい。
”乃木坂46のミューズ”井上和はいかにして作られたのか?
人見知りだった子ども時代
井上和は3人姉弟の長女である。
和(なぎ)という名前は、万葉集で”和”という漢字を”なぎ”と読むことを祖父に教えられた両親が、人と人をつなぐ”和”を作れる人になってほしいという願いを込めて名づけた。
長男は4歳下で物静か、末っ子の次男はなぎより10歳下でおしゃべりが大好き。
面倒見の良い姉で今でも実家に帰ると2人の弟と遊ぶのを楽しみにしている。
#乃木坂46のエース #井上和 実家に帰るも10歳下の弟がゲームばかりしていて寄り付かず 自身がパーソナリティの #乃木坂46のオールナイトニッポン で #姉ちゃんは寂しかったよ と呟く #なぎはいい奴 だな
— 平進 (@susumutaira2009) March 11, 2026
音楽好きは母親譲りで、子どもの頃スピッツのチェリーを母とハモって歌ったりしていた。
乃木坂46加入後も2人で広瀬香美の難曲”ロマンスの神様”を練習したこともある。
料理好きな母の影響でなぎも手料理を作ってふるまうのが大好き。
井上家の子供たちの誕生日のテーブルには母親お手製の”ピーマンの肉詰め”が並ぶのが恒例。
姉弟3人は、母の作る”ピーマンの肉詰め”が大好きで、いつの間にかなぎの得意料理も”ピーマンの肉詰め”になってしまった。
そんななぎの弱点は、朝起きることと部屋の片付け。
1人暮らしを始めてから定期的に母親が部屋を訪れて片付けてくれている。
父親も優しい人で、小さい頃はバスケットボールをして遊んでくれた。
チクッと痛い注射が大嫌いで、当時大好きだったお菓子のねるねるねるねを”この後買ってあげるからがんばりなさい”と親に言われて我慢した。
幼稚園のころはおてんばで明るくてうるさい、騒がしい子供でだった。
だが根は”人見知り”で小学校に上がると急におとなしくなってしまった。
それまでは赤ちゃんのころからずっと一緒だったお友達ばかりだったのに、小学校に入るとまわりが知らない子たちばかりで萎縮してしまい、元々の”人見知り”を発動してしまったのだ。
小・中学時代は幼馴染みの親しい友達とずっと一緒にいるような子どもだった。 (2022.08.27 FLASHインタビュー)
何か大事なことがある時は、家族で寒川神社にお参りしていた。
幼馴染とはよく由比ヶ浜海岸で海を見ながら語りあった。
幼稚園から習い始めたクラシックバレエは10年間続けた。
身体を使って表現をすることが性に合っていて、人前でパフォーマンスすることや拍手をもらえることも楽しみだった。
好きすぎて週6回通い続けた時期もあり、左足をたびたび"若木骨折"した。
筋金入りのアニメオタクになった井上和
アニメ好きを自覚したのは小学校2年生の頃。
両親ともにアニメ好きだったので、幼少期から一緒にアニメを見ていた。
”けいおん”など京都アニメーション作品が好きだった。
小2のころに”ソードアート・オンライン (SAO)”を見て衝撃を受けた。
”SAO”のキャラクターであるキリトについては”私の初恋の人”であり、”キリトくんがきっかけでいろんなアニメを見るようになった”と語っている。
中でも『新世紀エヴァンゲリオン』、『テラフォーマーズ』を特にお気に入りの作品として挙げている。
乃木坂46合格当初、その圧倒的なビジュアルから、”クールな美少女”や”ギャルっぽい”という印象を持たれたが、”乃木坂工事中”などでアニメオタクな一面を披露し、その親しみやすいギャップで多くのファンの心を掴んだ。
アニソン好きからボーカロイドにも興味が広がり、ファンから”井上和は筋金入りのアニメオタク”と呼ばれるまでになってしまった。
片道1時間半かけて歩いて通った高校時代
地元の中学校を経て、実家に近い神奈川県立大船高校に進学。
入った年にコロナ渦が重なって、1年生の時は半分以上学校に行けなかった。
先生の顔も、同級生の顔も知らないまま半年以上を過ごした。
だからコロナ渦が明けたら、ちょっとでもやってみたいって思ったものは全部やろうと心に決めた。
学校が始まった時、名前の”和”の文字が入っている和弓の競技部である”弓道部”に入部した。
思いのほか弓道にハマってしまい部活漬けの毎日が始まった。
実家から大船高校へは、電車やバスでのアクセスが悪いこともあって、片道1時間半、往復3時間の道のりを3年間歩いて通った。
後のインタビューでその理由について問われると、”自分自身を見つめ直す時間を確保し、精神的なリセットを行うため”と答えている。
雨の日も寒い雪の日も”朝練やって、授業やって部活やって帰る”のが日課で、精神も身体も鍛えられた。
当時の友人とは今でも交流があり、”芸能人ではない素の井上和として接してくれるのが嬉しい”と思っている。
家を生まれ変わらせるような建築士になりたかったので、行きたかった大学の建築科受験のために高校2年で絵画教室に通い始めた。
元々絵を描くことが好きだったのでメキメキと上達した。
乃木坂46の5期生お見立て会での特技披露では得意のデッサンを披露している。

自分を変えたくて乃木坂46の5期生オーディションを受けた
人見知りのなぎが思い切って乃木坂46のオーディションに挑んだ理由はコロナ渦での辛い経験にあった。
高校1年の時、最初の半年は対面での授業が行なわれず、先生の顔も、同級生の顔も知らないまま半年以上を過ごした。
高校生になったらやってみたいことがたくさんあったのに何もできなかった。
秋元康総合プロデューサーがコロナ渦の中で作詞、taka(”ONE OK ROCK”のボーカルTakaとは別人らしい)の作曲による楽曲”世界中の隣人よ”を聴いてとても心を動かされた。
やりたいと思ったことはすぐに始めようと決意した。
”ちょっとでもやってみたいって思ったものは全部やる”と心に誓ったのだ。
乃木坂46のオーディションに応募することも最初は母親にも相談しなかった。
自分のスマホでのウェブ応募が上手くできなくて母親に相談せざるを得なくなってしまい、母親に知られてしまった。
最初は反対されたが、どうしてもこのチャンスを逃したくないと思って必死に説得した。
そのころは自分に自信が持てず、自分自身のことがあまり好きではなかった。
もしも乃木坂46に入ることができたらそんな自分を変えることができるかもしれないと思った。
いつもとは違うなぎの必死さに根負けした母はしぶしぶながらも賛成してくれた。
審査が進むにつれて応援してくれるようになり、合格したことを報告するととても喜んでくれ、父親とともに今では一番のファンになってくれている。
乃木坂46の新ミューズとなった井上和
11人の5期生1人としてアイドルデビュー
県立大船高校2年の時に乃木坂46の5期生オーディションに応募、過去最多87,852人の応募者の中から、実に約7987倍の難関を突破、11名の5期生の1人として2022年2月1日にデビューを果たす。
5期生の紹介動画が配信されると、井上和の個人動画はわずか半日で100万回再生を突破し、その反響の高さは5期生の中でも群を抜いていた。
16歳の井上和の鮮烈デビューだった。
母の教え 「今日のあなたも明日のあなたも同じあなた」
天性のビジュアルや、抜群の歌唱力、豊かな表現力など多方面の才能に恵まれているなぎだが、欠点がたくさんあることも自覚していた。
テンパると必ず失敗するタイプで、慣れてくると雑になりがちだし、気まぐれな部分もある
圧倒的なビジュアルに恵まれながら、それは両親のおかげだと思っている。
”ありがたいことに母親と父親がちょっとかわいく生んでくれたから、うまいこと(乃木坂46に)入れているんですけど。本当に中身が面白くないというか…乃木坂で活動し始めて数年経ってますけど、ラジオでは伝わらないこの顔だけで、全て切り裂いてきたんですよ。『僕のヒーローアカデミア』だと2割の無個性側の人間だと思っています。”
特に勉強ができるわけでもなかったし、足が速いわけでも、運動神経が良いわけでもない。
何をやっても、絶対に一番になれなかった。
バレエ教室で毎日毎日一生懸命練習しても、教室の中ですら一番になれなかった。
そのことを素直に認めていた。
長所と欠点、その両方を自分の個性として自然に受け止めていることがなぎの性格の良さを表している。
それは両親の教え、特に母親の教育によるところが大きい。
なぎは自分がありきたりなごく普通の子だと考えていた。
それでも自分を肯定できたのは、母の前向きな言葉があったから。
母に言われて心に残っているのは、
今のあなたも、明日のあなたも、同じあなたなんだから、後悔しないよう、思い立ったらすぐやりなさい
という教えだ(2024.12.20 AneひめNews)
自分の中にある特別に気付けなかった
自分の笑顔があんまり好きじゃなくて、今でも笑うのが得意じゃないという。
でも”和ちゃんの笑顔にすごく元気をもらえる”とか、”つらいことがあっても、和ちゃんが笑っていてくれたら、それがすごく力になる。”って言ってくれるファンがいる。
笑顔一つも特別に思ってくれて、愛を伝えてくれるファン方がいるのは、本当にありがたいし、うれしいと感じている。
自分にしかないものを、これからもっとたくさん探していきたいなって思っている。
ポスト齋藤飛鳥を背負う”乃木坂46の次世代エース”井上和
33枚目シングル”おひとりさま天国”のセンターに抜擢
その心境を問われて
もっとうれしいもんだと思ってたんですけど(笑)、素直に「うれしい」って思えなかったんです。
選んでいただいた理由がわからなかったし、何を求められてるのかもわからなかったし、今思い返しても、その期待に満足に応えられていたかはわからない。
でも、ファンの皆さんや一緒にお仕事させていただいている方が「おめでとう!」って言ってくださって…。
”その人たちのために頑張りたい!”って思いました。
と答えている。
”真夏の全国ツアー2023”の最年少座長となった井上和
座長として初めて”おひとりさま天国”を披露した初日(2023年7月22日)の沖縄公演では緊張で”頭が真っ白になって、会場の声が聞こえなかった。
期待されたレベルを超えられていないんじゃないか、私がここに立って先輩たちは恥ずかしくないか、そういう怖さとプレッシャーを感じていた。
曲を披露していくたびにさらにプレッシャーが増していった。
その一方で、”弱みを見せるのが苦手だね”って言われることも多く、強い人のように見えてしまうのも悩みの種であった。
それでもそれで終わらないのが井上和の真骨頂だ。
翌7月23日のには力強い言葉で座長挨拶を結んだ
まずは沖縄公演ありがとうございました。
沖縄公演では33枚目シングル『おひとりさま天国』 を初披露させて頂きました。
今日、昨日と新曲を聴いて下さった皆さまに改めて感謝します。
今日は曲が始まった時に、皆さんの声がたくさん聞こえて。
それで皆さんの声のおかげで、笑顔でパフォーマンスする事が出来ました。
正直、 昨日は緊張と不安で頭が真っ白になって、 周りの音が聞こえなくて…
でも今日、皆さんの声が聞こえて、この会場でひとつになれたなと強く感じました。
最近、私はグループに貢献できてるのかなと考えることが多くて…..ま
だあんまり出来てないんじゃないかなと、 いや、 出来てないなと思います…
メンバーもファンの皆さんも素敵な方ばっかりで、こうして温かい声を掛けて頂く度に、 頑張ろうと思います。
ペンライト、スケッチブック、 いつも嬉しいです、 ありがとうございます。
この全国ツアー通じてもっと、 グループに貢献できるよう頑張ります。
この楽曲 『おひとりさま天国』 を、 グループを、 愛してもらえるように、
乃木坂46を応援していて良かったと思ってもらえるように、
メンバーとスタッフの方々に沢山の愛情を注いで頑張っていきたいと思います。
先輩や同期、スタッフ、たくさんのファンに支えられて”シン・乃木坂46のミューズ井上和”が誕生した
たくさん先輩に声をかけてもらい、同期やスタッフにも助けられ、何とか乗り越えられた真夏の全国ツアー2023”
誰かの力を借りて壁を乗り越えることは、迷惑なこと、間違ったことじゃないと思えるようになった。
みんなが階段を上らせてくれたんだと思っている。
アイドルの仕事の一番の醍醐味はライブ
きれいな衣装を着て、たくさんの照明を浴びて、たくさんの人の前で歌って踊ることなんて普通ではなかなかないこと。
アイドルだけに与えられた特権。
特別な経験ができるライブが一番の醍醐味。
グループの世界観や、好きなものに囲まれて、ファンの声を聞けるのも、ライブならではのことだなと思う。
ステージに立つたびに、アイドルになってよかったなと思う。
失敗したら、戻ればいい
これまでたくさん失敗しながら、何とかアイドルとして歌って踊ったり、人前に立ったりしている。
それでもやっぱり失敗することって恥ずかしいし、怖いことだと思うけど、”明日死んでも後悔しないように、今できることは全部やろう!”というマインドで生きている。
何かにチャレンジする人の姿って、すごくかっこいいなと思っていて、やってみないと始まらない!チャンスは降ってくるものじゃなくて、自分から取りに行かないとつかめない。
だから勇気を持って、一歩踏み出そうと常に考えている。
“6期生ちゃんは…。「どんな子に来てほしい!」とかは特にないんですけど、シンプルに後輩ができることが楽しみなので、乃木坂46に愛がある子が来てくれたらうれしいですね。今はグループができた頃にいた1期生さんや2期生さんがいない状態ですけど、そんな今の乃木坂46に憧れて、好きで入ってきてくださる方がいたら、とっても幸せなことだなって思いますし、自分たちが頑張ってきたことが認められたんだな、って感じます。もしこれを読んで心が揺らいだら、ぜひ来てほしいなと思います!"
“私はいろんな方向に転びながらも今、それなりに満足しながら活動できているので、一歩踏み出してよかったなってすごく思ってるんです。"
“あの時の私みたいに、自分の中にある特別な「何か」を見つけられない、あんまり好きになれないっていう方もいると思うんですけど、何かにチャレンジする人の姿って、すごくかっこいいなと思います。やってみないと始まらない!チャンスは降ってくるものじゃなくて、自分から取りに行かないとつかめない。だから勇気を持って、一歩踏み出してくれたらなって思います。"








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