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”日向坂” 日向坂46の自伝的楽曲に込められた想い~欅坂46のアンダーグループから第3の坂道までの物語~

アイドル

日向坂46として3年前の雪辱を果たしたFNS歌謡祭2019でのパフォーマンス

2019年2月ひらがなけやき坂46から日向坂46に改名、翌3月にデビューシングル”キュン”をリリース、以来破竹の快進撃を続ける日向坂46。

2019年12月11日FNS歌謡祭第2夜で、彼女たちにとっての自伝的作品である”日向坂”と、3rdシングル”好きになっちゃっていいの?”の2曲を、一夜限りのパフォーマンスのためにフジテレビが用意した素晴らしいセットをバックに、先輩グループである欅坂46をしのぐ堂々たるパフォーマンスで観客を魅了した。

”日向坂” ライブ動画 FNS歌謡祭2019より

楽曲”日向坂”は、ひらがなけやき時代の3年間の辛い経験を経て、”日向坂46”に改名してメジャーデビューを果たすまでの物語を、秋元康総合プロデューサーが彼女たちのために”当て書き”した自伝的楽曲である。

この曲は2019年3月5・6日の横浜アリーナでのデビューカウントダウンライブでたった一度披露されたが、その後は封印されていた。

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日向坂の歌詞に込められたメンバーの想いと欅坂46から引き継がれた全員選抜の絆

今年のFNS歌謡祭2019でこの曲が日向坂46の思い出の1曲として紹介されたことには、メンバーにとって特別な意味があった。

今年の3月にデビューシングル”キュン”をリリース、歴代女性グループのデビューシングルの売り上げ記録を塗り替え、デビュー年にして紅白歌合戦に出場を果たすなど、順風満帆に見える日向坂46だが、その裏では”全員でグループを辞めよう”とまで思い詰めた長くて暗い闇を経験していた。

日向坂46の1期生11人が、長濱ねるたった一人のグループだったひらがなけやき坂46に参加したのは2016年5月8日のことであった。

ひらがなけやき坂46は、当初欅坂46のアンダーグループとして発足していて、そこでの活躍が認められれば、いつか欅坂46の正規メンバーに昇格できるとされていた。

当時サイレントマジョリティで衝撃的なデビューを飾った欅坂46の活躍は、カリスマセンター平手友梨奈という格好のアイコンを得て、アイドルグループの枠を超えた社会現象にまでなっていた。

走り出してしまった”平手友梨奈の欅坂46の物語”は、運営の考えていた速度を越えて疾走し始める。

運営は、それに追いつき、それをなんとかビジネスに展開するプロモーション戦略を作ろうと必死であった。

そしてそれは、平手友梨奈のセンター固定と、21人の絆という全員選抜制の継続という結果に行き着いたのである。

それまでの間、ひらがなけやき坂46はほぼ放置されたままだった。

2016年10月28日のひらがなおもてなし会(赤坂BLITZ)以降の半年は、週1回のレッスン以外ほとんど仕事もなく、自分たちのことを”カップリング・握手会アイドル”と自虐していた。

その握手会にもひらがなけやきメンバー目当てに来てくれるファンは極く小数で、そのレーンはファンから”滑走路”と呼ばれていた。

時間を持て余し、長蛇の列をなす漢字欅メンバーの待機列を眺めている屈辱の時間だった

21人の絆を標榜し始めた当時の欅坂46に、ひらがなメンバーが入り込む余地はなかった。

2017年8月の”欅共和国”では、数曲のひらがな曲で参加したものの、最終日のWアンコールのトリは欅坂46の新曲”危なっかしい計画”が披露され、観客の熱狂の内に幕を閉じた。

その日のステージを降りた平手友梨奈が舞台袖で感極まって”みんな大好き!”と叫んでメンバー全員が抱き合って号泣したという感動エピソードが伝えられているが、そのメンバー全員にはひらがなけやき坂のメンバーは含まれていない

ひらがなメンバーは、ライブに参加しても自分たちはファンに最後の挨拶もさせてもらえない立場だと思い知らされ、違う涙を流していた。

当時ひらがなけやきの多くのメンバーが、いつグループを辞めようかと考えていた。

一方、欅坂46の戦略が固まってようやくひらがなけやきの今後について考える余裕ができた運営は、全員選抜制をとる欅坂46とひらがなけやき坂46を、まったく別のグループとして育てていく方針を固める。

そのための戦略として打ち出されたのが、ひらがなけやきの2期生オーディション開催だった。

このオーディションは、2017年4月6日の欅坂46デビュー1周年記念ライブ』(国立代々木競技場第一体育館)の中でサプライズ告知する予定であったが、スタッフのミスで、リハーサル中に告知映像が流れてしまう。

それを見たひらがなメンバーは、自分たちの力は全く認められていない、だから新たなメンバーを募集するんだと早とちりして、楽屋の近くの小さな衣裳部屋に駆けこんで、中から鍵をかけて立て籠もるという事件を引き起こす。

その中でメンバー全員が号泣し、本当に全員でグループを辞めようと思い詰めていた。

慌てた女性スタッフがなんとか説得して鍵を開けさせた。

その後運営の担当者は彼女たちにこう語った。

まず、これはひらがなけやきのことを思ってやっていることだということをわかってほしい。今のままだと、ひらがなは漢字の陰に隠れて、漢字の下で活動していくしかない。そんなひらがなが漢字に匹敵する正規軍になるためには、よりパワーを得てもうひとつ上のレベルに行かなきゃいけない。そのための追加メンバー募集なんだ。だからこの募集はひらがなにとっていいことしかない。われわれを信じてほしい

それを聞い彼女たちは、ようやく少し落ち着きを取り戻した。

”自分たちは要らない存在”、そんな風に思い込むほど当時の1期生は精神的に追い詰められていたのである。

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“アンダー”という言葉からの解放

欅坂46の1周年記念ライブ(代々木第1体育館)が終わってからしばらくたったある日、スタッフのもとに、けやき坂46のメンバーたちからこんなメッセージが送られてきた。

私たちの目標
・もっと大きいステージでライブがしたいです
・47都道府県を回るツアーがしたいです
・知名度を上げるためにゲリラ握手会をしたいです
・ひらがなで冠番組を持ちたいです
・いつかひらがな名義でシングルを出したいです
……etc

メンバーが自主的に話し合って決めたグループの目標をリストにしたものだった。

それはプロのアーティストの意思表明としては稚拙な内容だったかもしれない。
しかしその文面からは、これからはチャンスを待つのではなく自分たちから動きだすんだという意志が感じられた。
何より、けやき坂46がひとつのグループとして認められるようになりたいという強い思いに貫かれていた。

もとは”欅坂46のアンダーグループ”として集められたけやき坂46。
そのアンダーという言葉の束縛から今初めて解き放たれ、彼女たちは独自の道を歩きだそうとしていた。
それは、追加メンバー募集という劇薬がもたらした意識改革であり、自立心の芽生えだった。

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ポテンシャルの高い2期生の加入で、1期生が輝きを取り戻すという奇跡~ひらがなけやきの快進撃の始まり~

2017年8月13日、オーディションによる追加メンバー9人(2期生)が決定。

9月24日には、オリジナルメンバーであった長濱ねるの兼任が解除され、新生”けやき坂46”は、1期生11人、2期生9人の合計20名の新体制で歩み出すこととなった。

2018年1月末に予定されていた欅坂46・けやき坂46の日本武道館ワンマンライブ3days。

当初は、1月30日のみ、ひらがなけやきワンマンライブを行い、1月31日と2月1日の2日間は欅坂46のワンマンライブを開催する予定であった。

ところが、2017年末の紅白歌合戦のパフォーマンスで負傷した平手友梨奈の予後がおもわしくなく、欅坂46は武道館のワンマンライブに出られないという状況に陥ってしまった。

平手友梨奈抜きでの欅坂46ワンマンライブ開催を断念した運営は、武道館ライブを3日間ともひらがなけやきのワンマンライブで行うという荒業に打って出る。

ひらがなメンバーにとっては、まさに青天の霹靂であったが、2期生参加後のひらがなの充実ぶりを見てきた運営スタッフは、いまのひらがなメンバーなら武道館3daysを必ず成功させてくれるだろうという確信に近い思いがあった。

そしてこの武道館ライブが成功したら、2018年はひらがなけやきにあらゆるリソースを注ぎ込み、ひらがなを飛躍させ、ひらがな単体でのメジャーデビューに持ち込もうと決めていたのだ。

運営委員長の今野義雄は、このことを”月だったひらがなけやきが太陽に変わる”と表現した。

当時のひらがなメンバーに、あの日本武道館で自分たちだけのライブを3日間もやり抜く自信はなかったが、欅坂46が戦線をただ離脱してしまった以上、彼女たちにこのオファーを断ると言う選択肢はなかった。

彼女たちは寝る間も惜しんで、ただがむしゃらにリハーサルを重ねた。

大学の卒業時期と重なっていた加藤史帆は、”当時は本当に地獄だった。どう毎日を過ごしていたか記憶がない”と当時を振り返っている。

それでも、その努力は報われ、ひらがなけやきによる日本武道館ライブ3daysは、成功裏に幕を閉じた。

その後のひらがなけやきの活躍はまさに目覚ましいものだった。

4月8日(深夜)、初の冠番組『ひらがな推し』(テレビ東京)が放送開始。
4月16日(深夜)、『KEYABINGO!4 ひらがなけやきって何?』(日本テレビ)が放送開始。
4月20日~5月6日、舞台『あゆみ』で舞台初出演。
6月3日、SHOWROOMの配信番組『けやき坂46 走り出す瞬間ツアー2018 開幕直前緊急特番!』内で佐々木久美のけやき坂46キャプテン就任発表。
6月20日、けやき坂46のデビューアルバム『走り出す瞬間』をリリース。
11月29日、坂道合同オーディションの合格者から上村ひなのが3期生として加入。
2019年2月11日グループ名を日向坂46に。
3月5日・6日、横浜アリーナで日向坂46 デビューカウントライブ‼︎を開催、2日間で24,000人を動員した。
3月27日、日向坂46のデビューシングルキュンを発売。

デビューシングル”キュン”は、発売初日に約36万枚、発売初週に約47.6万枚を売り上げ、女性アーティストの1stシングル初週売上として、欅坂46が保持していた記録を塗り替え、歴代1位の記録を樹立する。

2017年にひらがな1期生が立てた「私たちの目標」は、彼女たち想像をはるかに超えるスピードとスケールで現実となってきた。

その快進撃のきっかけとなったのは、アイドルとしてのポテンシャルが高いと評判になった2期生9人の加入であり、そのことが1期生を刺激して、彼女たちは輝き始める。

1期生の加入が2期生を輝かせるという奇跡を引き起こしたのだ。

1期生と2期生が不幸な出会いをしてしまい、いまだにその溝を埋められない乃木坂46から見れば、日向坂46の1期生と2期生の幸福な関係性はまさに奇跡であろう。

日向坂メンバーは今最も幸せな時期にいるのは間違いない。

日向坂46メンバーの絆が強いのは、辛い時期を一緒に乗り越えてきたからだ。

これは初期のAKB48ととても良く似ている。

AKB48も、劇場に観客が6人しか来ない時期があり、ブレークするまで長い年月を要した。

神7という個性的なメンバーが揃っていたにもかかわらず、足の引っ張り合いなどが起きなかったのは、彼女たちが辛い時期を一緒に乗り越えた戦友であったからだ。

だから、ライバルであってもお互いの成功を喜び合えたのだ。

21人の絆を標榜しながら、欅坂46が内部から壊れていったのは、漢字欅メンバーにはそういう共通体験がなかったからである。

カリスマ平手友梨奈ひとりの才能で、アイドルグループの頂点に立ってしまった欅坂46。

欅坂46のメンバーは下積みがなかったから勘違いをした

この言葉は半分は正しい。

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日向坂46のメンバーもやがて卒業を迎える。

その時にこれまでのようにアンダーグループを作って、そこから補充するというAKBや乃木坂方式ではなく、メンバーが1人減ったら1人を、3人卒業したら3人をオーディションで採用して補充するという原始的な方式に戻すのはどうだろうか。

メンバーの質の維持をアンダーグループという量で担保するのではなく、オーディションの精度を上げることで補う、質で担保する方法である。

これならメンバーの精神的安定が保たれ、グループへの貢献意識も高まる。

是非とも運営にはこの方式を検討して欲しいと思う。

日向坂46のハッピーオーラを守り続けるために。

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