”私の色”高山一実卒業ソロ曲、高山一実が乃木坂46に残したのもの
乃木坂46の一期生メンバーで、ただ一人デビュー以来すべての表題曲で選抜メンバーに選ばれてきた高山一実が、2021年7月22日の”乃木坂46分TV”のライブ配信の中で、28thシングルの活動をもって、乃木坂46から卒業することを発表した。
全シングルで選抜メンバーに選ばれてはいたが、福神に選ばれたのは半数の13回、フロントに選ばれたのはわずか2回のみで、決して派手に活躍したメンバーではなかった。
一方で、投資の指南本を出版したり、小説”トラペジウム”がベストセラーとなったり、ゴールデンタイムのクイズ番組のMCに起用されたり、いわゆる村仕事以外の仕事で確かな評価を得て来た貴重なメンバーでもあった。
秋元康総合プロデューサーは、高山一実の卒業にあたって、高山にとって最初で最後となるソロ曲”私の色”を贐(はなむけ)として贈った。
乃木坂46の歴代39人の卒業メンバーの中で、卒業ソロ曲を与えられたのは、深川麻衣(”強がる蕾”)を嚆矢 として、今作の高山までわずか8人に過ぎない。
高山のグループに対する貢献度の高さがうかがえる。
本稿では、卒業ソロ曲”私の色”の詳細と、アイドルになることに憧れて乃木坂46のメンバーになった一人の少女が、アイドルとして限界を感じ、壁にぶつかりながら、いかにして自分の居場所を見つけていったのかの物語を記録として残したいと思う。
乃木坂46 8番目の卒業ソロ曲”私の色”
私の色 MV
アイドルとしての自分に自信を持てなかった高山一実が、”笑い”に活路を見出した結果”バラエティ担当”として人気メンバーになった
最終オーディションで爪痕を残し、 乃木坂46のバラエティ班として独自の道を開拓、選抜メンバー常連となっていくまで
高山一実は、乃木坂46の一期生オーディションに応募するにあたって、歌にもダンスにも、ビジュアルにも自信がなかったので、他の人と同じことをしていては最終オーディションでは合格できないと思い込んでいた。
そこで他の人とは違う爪痕を残そうと、とっさの思いつきで、”忘れない この緊張とドキドキ感 乃木坂オーデの寒い夏の日”という短歌を詠んでしまい、審査の場を凍りつかせてしまう。
高山一実の乃木坂バラエティ担当への道が開いた瞬間だった。
これが功を奏したのかどうかはわからないが、高山一実は最終オーディションに合格して、デビューシングルの選抜メンバーにも選ばれた。
その後、”アメイジング!”や”ポジピース!”などの持ちネタも生まれ、冠番組”乃木坂ってどこ?”でMCのバナナマンがそれらを面白がり、設楽MCの朝の情報バラエティ”ノンストップ”でも取り上げたりしたことで、これらのネタは広くファンに知られるようになっていく。
同時に高山一実は”笑いが獲れるアイドル”として、乃木坂46の中の”バラエティ担当”としての役割を確かなものにしていくのである。
これらによって高山は、アイドルグループ乃木坂46の中で自分の居場所を見つけることができた。
他のメンバーとアイドルらしさを競おうとせず、独自の道を進もうとする高山は、グループのなかである種の緩衝材となり、元々の優しい性格もあって、グループのムードメーカー的存在になり、メンバーの癒しの存在になっていく。
メンバーの樋口日奈は、高山のことを”乃木坂46のオアシスで、彼女が居ればみんな幸せな気持ちになれるメンバー”と評し、”乃木坂工事中”で発表された”一番優しいメンバーランキング”(2020年6月28日放送)では、”必ず人を肯定する。絶対に否定しない。”という理由で第1位に選ばれている。
バラエティ担当と呼ばれた高山一実の存在は、西野七瀬らに代表される、”清楚”や”儚さ”といった乃木坂46らしさとは少し違うけれど、乃木坂46に多様な魅力を付け加えたのである。
高山の人気は確実に上がっていき、その活躍に派手さはないものの、その後も標題シングルの選抜メンバーから漏れることはなく、乃木坂46にとって必要欠くべからざるメンバーとしてのポジションを確立していった。
自ら進んでキャラを演じ始めたのだが、次第に過剰になり、重荷になってしまった
しかし、いつの間にかそれはしだいに過剰になっていく。
無理をしてポジティブキャラを演じることが、自分を偽っているように感じるようにもなってしまう。
高山はあるインタビューでこんな風に語っている。
私は変わったことをするのが昔から好きで。
本当は、山口百恵さんや道重さゆみさんのようなアイドルに憧れていたんですけど、
大人数のグループを考えた時、自分は王道でいっても無理かなというのもあって。
オーディションの時は、周りと違うことをしようとしか考えていなかったですね。
「この中の誰かがア イドルになるんだ!」と思ったら、ミーハー心がうずいて、みんなが自己PRの練習 をしているなか話しかけに行って写メを撮ったり。
ひとりだけおかしかったと思い ます(笑)。
最初はそういうことを好きでやっていたのに、過剰になってしまった時期があって。
本当はやりたくないのに、目立つために不本意だけどやる、みたいな。
その時期は全然楽しくなかったし、うまくいかなかったですね。
アイドルとして輝くには何をしたらいいか、ずっと考えながらやってきたので、ある程度はわかっています。でもわかったところで「自分にこれはできない」 というのが結局出てきてしまうから、深く考えるのはやめました(笑)。
昭和のアイドルは設定が細かく練られて好きな色まで決まっていたと聞いて、その時代がう らやましいと思ったこともあるんです。
でもよくよく考えると、私は演技ができな いし、本音が言葉にも態度にも出ちゃうから、キャラ設定を守れないだろうな、と‥‥。
重荷を降ろして素の自分に戻った高山一実に新たな道が‥‥
アイドル好きが高じて、アイドルオタクの域に達していた高山だったが、一方でアイドルを客観的に見ることにも長けていた。
アイドルを知れば知るほど、その難しさも理解していた。
特に、アイドルのセカンドキャリア(アイドルを辞めてからの人生)には関心があった。
自分のアイドルとして輝きがそう長くは続かないこともわかっていた。
故郷千葉の友人たちとの交流を続けていた高山は、同級生たちが大学に進み、卒業後は堅い企業に就職し、人生のステップを確実に登っていくのを目の当たりにしていた。
正直に言えば、最初は5万円だったアイドルとしての収入は、今や就職した同級生のそれとは比べものにならないほど多くなっていた。
しかしアイドルでいられる時間は短い。
アイドルとして稼いだ貴重なお金を無駄には使えない。
子供の頃両親は、剣道・声楽・ピアノなど色々な習いごとに通わせてくれた。
中学生の頃は反抗期で荒れていて、物に当たって壊した所が実家のいたるところにある。
そんな自分が、普通の人生を歩まず、アイドルになろうとしたことを応援してくれた両親に、恩返しもしたいと思っていた。
”いつか結婚した時に、旦那さんに(住宅)ローンを1人で組ませてしまうのって、おんぶに抱っこ感がすごいイヤというのが自分の中にあったので、(住宅ローンの)半分は出したい”とも語っている。
いつの間にかメンバーから”高山はメンバーNo.1の倹約家”と言われるようになっていた。
アイドルと投資というミスマッチ~将来を見据えた節約術と錬金術~
高山一実の異端ぶりを示すエピソードのひとつに、”投資”がある。
伝説の相場師の異名を持つ奥村泰全氏(マネーパートナーズ社長)から投資のイロハを学び、元手200万円から金(ゴールド)の投資にチャレンジして、投資の性質や、お金の増やし方を学ぶ企画に取り組んだのだ。
実際に1年間(2016~2017年)の金(ゴールド)投資でしっかりと利益を出したという高山は、”投資はギャンブルみたいなものだと思っていたんですけど、全然違いました。毎日やるのが大事ですね。今回、投資でお金を確実に増やせると学んだので、何年か後、父と母に、私を育てるのに使ったお金を返してあげられる見込みがたちました。”と語っている。
2017年10月には、その模様を記した、奥村氏との共著となる”お金がずっと増え続ける 投資のメソッド”を出版している。
同書の出版記念イベントでは、取材陣から現在の貯金額を聞かれて、”いや~、そんな大した額じゃないですよ。同世代の20代の女の子たちよりは…5倍くらいですかね”と告白し、取材陣や関係者を驚かせた。
2019年12月に放送された”行列のできる法律相談所”(日本テレビ系)に齋藤飛鳥・梅澤美波らと共にゲスト出演した際に、”今後主軸でやりたいことは?”と聞かれ、”今後はまあ…金(ゴールド)の投資をしているんで、投資業に力を入れていきたい。”と答えている。
金の投資の実績について高山は”最初の10倍ぐらいに(200万から2,000万円に)資本金を増やしてやっているので…”と答えているので、当時で数千万円から1億円近い貯蓄を持っていたことがわかる。
普通の25歳の女性には想像できない貯蓄額だが、乃木坂46で選抜ボーダーメンバーだった井上小百合(すでに卒業)でも、両親に家を建てたり、同じく中田花奈(すでに卒業)が港区赤坂の一等地に数千万円をかけて、麻雀カフェ”中(チュン)”を開店したりできているので、そう不思議なことではない。
高山一実が小説を書く理由~コンプレックスが原動力~
高山が文章を書くきっかけは、2015年3月に雑誌”ダヴィンチ”の企画で、”若者の活字離れ”に一石を投じるべく、”乃木坂活字部”を立ち上げ、部長として1日書店員体験やほかのメンバーとの読書会などさまざまな企画を実施して、本の楽しさと奥深さを伝えるコラム”乃木坂活字部”の連載を開始したことである。
さらに活動の一環として、学生を対象にしたイベント”発想力鍛練ワークショップ”にも参加、実際に執筆活動を続けている作家たちのアドバイスを受けながら物語を執筆、自身初となる短編小説”キャリーオーバー”を完成させた。
自身初の長編小説”トラペジウム” (2018年11月28日発売)は、発行部数20万部を超える大ヒットとなり一躍人気作家の仲間入りをした。
ラジオの音楽情報番組”MUSIClock”(InterFM897・2021年6月17日放送)に出演」した際、”どうして小説を書こうと思ったんですか?”との質問に、”元々本が好きって言うのもあるんですけど”と前置きしつつ、”書き終えて思ったのは、自分の顔がブスだから”と答えている。
”アイドルがめちゃくちゃ好きで、アイドルになりたかったんですけど、オーディションに受かった時から、『あぁ、こんな綺麗な人たちに囲まれて、顔で勝てないから何をしたらいいんだろう?』って、ずーっと思っていた。小説を書いているメンバーが他に居なかった事から、大変そうだけど、やってみようと思った。連載中や書籍化の過程で何度も挫折しかけたが、コンプレックスがバネになって続けることができた。”と語ている。
アイドルは10年で一区切りと決めての乃木坂46からの卒業、芸能や作家活動は継続予定
”乃木坂46分TV”のライブ配信の中でグループからの卒業を発表
高山一実は、2021年7月22日の”乃木坂46分TV”のライブ配信の中で、28thシングルの活動をもって、乃木坂46から卒業することを発表する。
そして同日夜、公式ブログにその想いを綴った。
こんばんは(*´o`*)ゞ
いつも応援ありがとうございます!
先ほど乃木坂配信中で発表いたしました。
28枚目シングルでの活動をもって
乃木坂46を卒業します。
今まで本当にありがとうございました。
乃木坂には17歳で入りました。
その前は剣道を10年程やっていました。
心も身体も時間も
費やしていたような気がします。
そんな剣道を辞めて数年経つと
「あれ?私って本当にやってたのかな」
って思うようになりました。
竹刀振って昔を思い出そうとしても
その頃には筋力も落ちてるから
ますます信じられなくなる一方で。
そのうち特技を聞かれても
「剣道」
って言えなくなりました(∩´﹏`∩)
私の10年ってこんなにも脆いのか〜
簡単に書き換えられちゃうの嫌だな〜と
悲しくなって。
だからアイドルはとりあえず10年以上続けて
「やりきったぞーー気が済んだぞー」
って言いたいと思っていました(๑´•.̫ • `๑)
来月でちょうど10年が経つのですが
9年半あたりで察するわけです。
「やりきったーー完走したーー」
なんて、私には一生言えないなと(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
ダメダメ人間は
しばらくアイドルをやってても
何も極められなかったのです。
ただ、《乃木坂》が身体に刻まれたかな〜
という感じはして、満たされたなって^^
卒業を決めました。
最後の制作、楽しいです。
ありがたいな〜って毎日思ってます。
たぶん辞めて数か月もすれば
「あれ?私って乃木坂46だったのかな」
って思っちゃうと思う(*n*)
でもグッズを眺めたり
ファンの方々のSNS見たり
(しばらくエゴサする気が…笑)
写真とか動画見返えせば
大丈夫かなーって。それ信じてます。
夢のような10年を
できる限り忘れないでいたいです(´・_・`)
これまで幸せでした、ほんとーに。
ファンの皆さんに伝えたいこと
いっぱいあるから
そこは悔いのないように伝えられたらいいな。
今日は卒業の報告ということで
書けなかったけど、ちゃんと。どこかで。
ここまで読んでくださり
ありがとうございました*
卒業まで2ヶ月ちょっとかと思います!
さいごまでよろしくお願いします!
”卒業はめちゃくちゃ寂しいけれど後悔はしていない”
王道のアイドルにはなれなかったが、その真摯な生き方と他者に優しい性格で、乃木坂メンバーとしての新たな生き方をファンやメンバーに示してくれた。
高山一実の生き方は、きっと後に続くメンバーの道しるべになるに違いない。
彼女は、卒業を発表した配信の中でも、ブログの中でも卒業後の活動について、何も触れていない。
現在レギュラーとしてかかわっている主要な仕事は、”クイズプレゼンバラエティー Qさま!!”(テレビ朝日系)のアシスタントMCのみである。
今のところ卒業後に仕事のオファーが殺到する気配もない。
先に卒業して、女優として順調にキャリアを積み上げている深川麻衣や、西野七瀬らは稀有な例で、現役当時カリスマ的アイドルだった白石麻衣でさえ、少なからず迷走しているのがアイドルのセカンドキャリアの現実である。
2021年7月31日のミート&グリートの後のインスタライブで、高山はこんな風に語った。
今、乃木坂46を卒業しようと決めたのは、アイドルとしての活動を10年間を区切りにすると決めていたから。
だから卒業を発表した今も、全然寂しい。
これで卒業しますありがとうございました、みたいな気持ちにはなれない。
この世にアイドル以上の職業はないと思うんだよ。正直めちゃくちゃ寂しいから。
(卒業を祝福する多くのメッセージが届いて)良かった、幸せだな、だから後悔はしてないです。
2011年8月21日に乃木坂46の一期生オーディションに合格して以来、今年の8月でアイドルを10年間続けてきた。
乃木坂46のメンバーとして、他の人に誇れるほどの実績は上げられなかったけれど、10年間ひたむきに頑張ってきた。
デビュー以来守り続けてきた選抜メンバーの椅子も、そろそろ後輩に譲っても良いころだと思っている。
芸能活動も継続し、小説ももう1冊は絶対に書きたい!
さらに同インスタライブでは、卒業後の進路について、”卒業後はお仕事は続けて行きたいです。”と今後も芸能活動は続けることを発表した。
しかしその決断に至るには葛藤があったという。
表に出る仕事辞めたいなって時期もあったんですよ。
なぜなら向いてないから。
話も下手だし、秀でてるものがない。
取り柄がない、芸能人向きではないっていうのをずっと思ってたから芸能界いいかなとか思ってた時もあったんです。
でも、乃木坂時代に知り合った方と会えなくなるのが嫌だったんです。
だから才能はないけど、喋りも上手くなりたいし、求められたことに対して頑張りたいし、辞めたくてもそのスタッフさんの為とか見てる方の為なら頑張れるかなって思った。
そして、執筆活動についても”もう一作は絶対に書きたい。お渡し会もしたいです。”とその思いを明かした。
これから彼女がどんな未来を選ぶとしても、自分を客観視する視点を見失わない限り、道は開けるに違いない。
愛すべき女性高山一実の未来に、幸せが溢れていることを願うばかりである。


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